大牟田市動物園内、えんめい橋を渡った先にある落ち着いた色調の建物は、訪れる人々を優しく迎え入れている。
「大牟田市ともだちや絵本美術館」
ここは、令和3年にできた日本で初めての“動物園内にある”絵本美術館。

「こだわりが、いろんなところに詰まってます。」
そう話すのは、株式会社環境デザイン機構の代表取締役であり、絵本美術館の館長でもある岡大輔(おか だいすけ)さん。
絵本美術館が完成する前に、そのプロデュースに携わった一人でもある。
「ここは、ともだちルームといって、靴を脱いで上がれるんです。お子様連れの家族が、親子で絵本を読んでいたり、ボランティアの方が読み聞かせをしてくださったりしてます。」

絵本美術館がある、大牟田市動物園のコンセプトは「動物福祉を伝える動物園」。
館内のショップには、動物の保護活動につながる商品や環境配慮型のコーヒーなど、こだわりが詰まった商品が並んでいる。
「これが、一番人気の焼きドーナツです。」

リアルすぎて食べられないという声が寄せられる焼きドーナツ。
賞味期限が長めに設定されているので、眺める時間も楽しめるようになっているのだとか。
絵本美術館は、動物園を訪れた人にゆっくり休める場所を提供すること、また大牟田出身の絵詞作家である内田麟太郎さんの作品をはじめとした絵本の原画を収蔵・公開することを目的として建設された。
ギャラリーでは定期的に企画展を実施しており、訪れる人が絵本の世界に入り込んだような体験ができるよう設計されている。
ほかにも、お弁当を食べたり、絵本を気ままに読んだり、テラスで風にあたることができる「のんびりホール」もある。

館内を見れば見るほど、岡さんのこだわりと創造性が溢れている。
「1回つくったら終わり、じゃないんです。お客さんの反応を見ながら、より良くしていきます。壊れたら直さないといけないけど、ただ問題に対処するんじゃなくて、創造的に何か面白くできないかなって考えるんです。」
にこやかな表情でそう話す岡さんから伝わるのは、わくわく感だった。
そんな岡さん、実は大学院までは化学の道を進んでいたそう。
「建築に興味があったものの、九州大学の建築学科は落ちてしまって。後期で九州工業大学の物質工学科に受かったんです。私立大学の建築学科は受かっていたものの『国立大学の方がいいかな』と、それだけの理由で化学の道を選んだんです。」

大学に進んでからは、飛び級をして大学院へ進学したほど、学問に励んでいた。
しかし、大学院で研究をするなかで、自分が感じる化学の考え方に対する違和感が消えなかったそう。
「世の中のものは全て数字で表せると常に言われて。たしかに、数字で表すことで化学は発達してきたんですけど、もっと数字で表せないもの、感覚的なものに向き合う方が自分には合うなと思っちゃって。」
こうして大学院を辞め、九州芸術工科大学へ進学。建築の道へ転身した。
「大学院を辞める時も、わくわくしてました。経歴として、楽しいかなって(笑)」
岡さんから語られるキャリアには、常識にとらわれない選択が散りばめられている。
そうして進んだ建築の道では、ただ建築だけをやるのではなく、建築設計の前のワークショップを企画したり、日本庭園の管理を行ったり、領域を広げていった。
「建築」だけではなく、その周辺環境も含め一体的に設計することや、建物を建てたあとの運営・管理までを見据える。
そうしたなかで、絵本美術館の館長という役割も担っている。
岡さんは、もともと大牟田に縁やゆかりがあった訳ではなかった。
いまでも生活の拠点は福岡市内でありながら、月に数回、大牟田へ通っている。
「10年前くらいに、宮原坑の世界遺産登録に伴って、まちづくりや設計のコンサルとして関わる機会があったんです。普通、仕事が終わったら次の仕事に移るものですが、ひとつの地方に入って、地元の歴史を調べたり、地元の方の声を聞いたりしてると、もっと掘り下げていきたくなったんです。」
「大牟田に入り込んで、つながりができたら、いろんな面白いことがわかってきたので、もうしばらくこのエリアで掘り続けていこうと思って。それで今に至ります。」
岡さんにとって、大牟田はどんなまちなのだろう。
「人の記憶が蓄積されているまち、なんですよね。人口が20万人以上いた時代から、地元の人からすると少し寂しくなっているかもしれないですけど、まちを歩いていて、昔の人たちの営みをすごく感じるんですよね。こんなまちはそうないと思います。」
大牟田を歩いていると、自然の中を歩いているような気持ちになるんだとか。
「ふと上を見上げると、ビルの上のほうが特殊なデザインをしていたりして、これ何でやったんだろうなって考えたり。閉まっているお店も、当時こんなことやってたんだろうなって想像したりして、気になるところがいっぱいあって、楽しいんですよね。」
「僕が住んでいる福岡市内は、発展はしていると思うんですけど、人の気配ってどんどん消えていくんですね。それはひとつのまちのかたちではあるんですけど、効率が悪いとか意味のわからないものは、壊して作り変えて、子供のときに見た景色ってもうないんですよ。」
「不合理なものや、ぐちゃぐちゃしたものがある方が落ち着くし、手触り感があって、なんかしたいな〜って思うんです。例えば、大牟田の「年金通り」が楽しいです。愛おしいな〜って感じられるのが、いいんですよね。」

大牟田のことを語る岡さんは、とてもいきいきとした表情をしている。
枠にとらわれないキャリアや、創造的な発想はどこからくるのだろう。
「選択の基準は『面白いか』ですね。それは進路みたいな人生の選択もそうだし、絵本美術館での取り組みもそう。どうせするなら面白い方がいいじゃないですか。」
どうせするなら面白く。
この言葉に、岡さんの核があるように感じた。
「手触り感」のある大牟田で、岡さんが次なる「面白い」に挑戦している。
「大牟田駅の東口に『カタルバオセロ』という場所をつくっています。本格稼働はこれからなんですけど。サードプレイスと呼ばれる、職場でも家でもない、第三の居場所をまちにつくりたくて。」

以前の店舗名「マイタウンラーメン」の跡が残るその場所の隅っこに手書きの看板が。

「オセロって、角を取ったらバーっと展開が変わるじゃないですか。だから、この東口の角を取ったら、東口の雰囲気が変わるんじゃないかなって。いろんなものをひっくり返して、変えていけたらいいなという思いを込めています。」
この場所には、旧市民体育館から出た備品を再利用したり、卓球台をテーブルにしてみたり、岡さんならではの大牟田と融合した発想が息づいている。
この場所の鍵となるのは、「人」。
「こういう場所を使いたいと思って、プレイヤーになってくれる人ですね。特に高校生や大学生には、まちの使い方や関わり方を知ってほしい。若い時に自分のまちで、やりたいことを実現するためにどう働きかければいいのか、知る経験ができる場所にしたいなと。」
いろんな人が集まって連携すればするほど、できることが増えてくる。
失敗してもいいから、その実感をもってほしいのだとか。
「今までも、何か大きな目標を達成しようと思ってやってきたわけじゃないんです。身の回りにいる面白い人や、面白いモノに出会ったところに入り込んでいって、いつの間にかそれが広がっていく。そんな流れで今もここにいるんです。」
「大牟田の好きなところでもある、大都会にないような手触り感があって入り込んでいけるような場所で、これからまた出会うであろう面白い人と、見つけた面白いモノを一緒にいじりながら。また10年後、20年後は全然違うことしてるんだろうなというのを楽しみに過ごしています。」

そこで過ごす人たちを思いながらつくられた絵本美術館の空間、そこで繰り広げられる企画展やイベント、そして、大牟田駅前に生まれるサードプレイス。
岡さんの「こんなことをしたら面白いんじゃないか」という発想が、まちの彩りになっている。
こうした創造の軌跡もまた、大牟田のまちの記憶として刻まれていくだろう。
