石破政権の看板政策「地方創生2.0」基本構想の全容石破茂首相が看板政策に位置付ける地方創生の推進に向け、政府が策定する「基本構想」案の全容について6月2日読売新聞が報じた。この構想の目玉となるのが、居住地以外で継続的に関わる自治体を登録する「ふるさと住民登録制度」の創設だ。政府は実人数1000万人、のべ1億人という大規模な登録目標を設定し、地方への若者の移住者倍増や、人口が減っても「稼げる」地方の実現を打ち出している。この構想は2034年度までの10年間で取り組む施策をまとめたもので、今月中旬にも閣議決定される予定だ。具体化させた「総合戦略」も今年度内に策定される。注目すべきは、石破首相が地方創生相だった2014年に策定した総合戦略とは根本的に発想が異なる点である。当時は人口減少対策に主眼を置いていたが、今回は「地方創生2.0」と銘打ち、人口減少を前提とした地域経済の成長を掲げている。この発想の転換は、日本の地方政策において注目すべき方向性といえよう。東京一極集中に歯止めがかからない現実を踏まえ、政府は従来の「移住・定住」促進策の限界を認識し、より柔軟で多様な地域との関わり方を模索している。その中核となるのが継続的に地方と関わる「関係人口」を増やす戦略であり、「ふるさと住民登録制度」はその具体的な制度化として位置付けられている。「ふるさと住民登録制度」の具体的な仕組みと期待される効果デジタルアプリを活用した革新的な登録システム新たな登録制度は、スマートフォンなどから利用できる専用アプリを通じて実現される。利用者は好きな市町村を選んで「ふるさと住民」として登録すれば、その地域内の施設を住民と同様に使えるようになることが想定されている。具体的には、図書館や体育館、公民館などの公共施設の利用や、住民向けイベントへの参加、地域の特産品購入時の住民割引適用などが考えられる。この制度の革新性は、従来の「住民票」という物理的な居住地に基づく概念を超えて、「関係性」に基づく新しい住民概念を創出しようとする点にある。登録者は複数の自治体に同時に登録することが可能で、政府はこの仕組みによって実人数1000万人が複数自治体に登録することで、のべ1億人という目標に到達させる計画だ。自治体側のメリットと活用方法自治体側にとっても、この制度は大きなメリットをもたらす。登録者に対してイベントなどの情報を直接知らせることができ、ボランティア募集や地域活動への参加呼びかけなどで積極的に活用できる。これまで自治体が抱えていた「関係人口はいるが、継続的な関係維持が困難」という課題の解決にもつながると期待されている。さらに、将来的には住民税の分割納税制度も検討されており、登録者が愛着を持つ地域に直接的な財政貢献ができる仕組みも視野に入れられている。ただし、住民基本台帳法との整合性や地方税制との調整など、法制度面での課題は依然として残されており、今後の制度設計の詳細化が注目される。地方創生政策の歴史的変遷と「関係人口」概念の台頭第1期地方創生から第2期への発展現在の地方創生政策の出発点は、2014年の安倍政権下で成立した「まち・ひと・しごと創生法」にある。2015年に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生総合戦略」(第1期)では、人口急減・超高齢化という国家的課題に対応するため、地方産業の振興と雇用創出、東京圏から地方へのUIJターン促進、少子化対策の充実、地域生活インフラ整備という4つの基本目標が掲げられた。政府はこれらの目標実現のため、年間約1000億円規模の「地方創生推進交付金」を創設し、各自治体が策定した地方版総合戦略に基づく事業に対してKPIやPDCA管理を条件とする複数年継続支援を行った。しかし、第1期の5年間では東京一極集中の流れに大きな変化をもたらすには至らず、地方の人口減少は加速し続けた。2019年末に策定された「第2期まち・ひと・しごと創生総合戦略」(2020~2024年度)では、第1期の成果と課題を踏まえ、より具体的で実効性のある施策が盛り込まれた。東京23区から地方への移住者に最大100万円の支援金を交付する「東京圏一極集中緩和策」や、企業版ふるさと納税の拡充などがその代表例である。関係人口概念の政策的意義この流れの中で注目されるようになったのが「関係人口」という概念だ。関係人口とは、観光客のような一過性の訪問者(交流人口)でも、地域に定住する住民(定住人口)でもないが、地域と多様に関わりを持つ人々を指す。この概念が政策として重要視されるようになった背景には、従来の「移住・定住」促進策の限界がある。完全な移住は心理的・経済的ハードルが高く、多くの都市住民にとって現実的な選択肢とはならなかった。一方で、地方への愛着や関心を持つ都市住民は確実に存在しており、彼らと地域をつなぐ制度的な仕組みが求められていた。政府が関係人口創出に本格的に取り組み始めたのは2018年からで、同年に政府基本方針で「関係人口」概念が初めて明示され、総務省は「関係人口創出事業」として約2.5億円の予算を計上した。地域おこし協力隊制度の成功と拡大関係人口創出の先駆的な取り組みとして大きな成功を収めているのが「地域おこし協力隊」制度だ。2009年度に総務省により創設されたこの制度は、都市部の若者らを過疎地域に移住・派遣し、地域活動に従事してもらう仕組みである。制度開始当初の隊員数は89人に過ぎなかったが、その後飛躍的に増加し、2023年度時点で過去最多の7200人が全国1164自治体で活動している。協力隊員の約9割が20~40代と若年層が中心で、地域の貴重な担い手となっている。隊員は住民票を受入地域に移して1~3年の任期で地域ブランドの開発・PR、農林水産業支援、生活支援などに従事し、任期後の定住・起業も促されている。政府は令和8年度までに隊員1万人体制を目標に掲げており、関連予算も年々拡充されている。また、総務省は2017年度から「ふるさとワーキングホリデー」事業も開始した。これは都市部の若者(社会人や大学生)が2週間~1ヶ月程度、地方に滞在して働きながら生活体験する取り組みで、受け入れ企業で働き収入を得つつ、地域の日常や人との交流を体験してもらい、将来的な移住・定住のきっかけづくりを狙っている。これらの施策により、移住に直結しなくとも地域と関係を継続する人々が着実に増加している。「令和の列島改造」産業振興と若者移住促進の具体策若者移住支援の対象拡大と中央省庁移転今回の基本構想では、若者の地方移住を促進するため、移住支援の対象を農林水産業や医療・福祉従事者にも拡大することが明記されている。これまでの移住支援策は主にIT関連やベンチャー企業などの特定業種に偏りがちだったが、地方で特に人手不足が深刻な分野への支援を強化することで、より実効性の高い施策となることが期待される。また、中央省庁の移転に向けて新たに地方から提案を募集することも盛り込まれた。これは過去にも検討されたことがあるが、今回は地方からのボトムアップ提案を重視する姿勢を打ち出している点が注目される。さらに、都道府県域を超えた官民連携の枠組みを新設することも明記され、広域的な連携による地方創生を推進する方針も示されている。半導体・データセンター投資誘致と産業構造転換構想では「令和の列島改造」をうたい、半導体やデータセンターなどの戦略的投資を呼び込むための環境整備に本格的に取り組む姿勢を示している。近年、地政学的リスクの高まりを背景に、半導体製造の国内回帰が注目されており、地方への工場誘致は雇用創出と産業振興の両面で大きな効果が期待されている。データセンターについても、デジタル社会の基盤インフラとして需要が急拡大しており、冷涼な気候や安価な電力供給が可能な地方部への立地メリットが注目されている。政府はこれらの投資を誘致するため、規制緩和や税制優遇措置、インフラ整備支援などの総合的な環境整備を進める方針だ。農林水産業のDX推進と輸出促進地方経済の柱である農林水産業についても、抜本的な生産性向上が必要とされている。構想では、AIやデジタル技術を活用した農林水産業の生産性向上に積極的に取り組むことが明記されている。具体的には、ドローンやセンサー技術を活用した精密農業、AIによる病害虫予測システム、自動収穫ロボットの導入支援などが想定される。また、地方の中小企業の輸出や海外展開の支援も充実させる方針が示されている。これまで輸出は大企業中心であったが、地方の特色ある製品や食品の海外展開を支援することで、地域経済の活性化と収益性向上を図る狙いがある。特に、和食ブームや日本製品への信頼の高まりを背景に、地方発の輸出促進には大きな可能性があると期待されている。人口減少前提の「稼げる地方」実現に向けた数値目標と戦略労働生産性向上と全市町村でのDX推進今回の構想で特筆すべきは、人口減少を前提としながらも地域経済の成長を実現するという明確な方向性を打ち出した点である。具体的には、地方での就業者1人あたりの労働生産性を東京圏と同水準にすることを目標に設定している。これは意欲的な目標であり、実現には産業構造の抜本的な転換とデジタル技術の活用が不可欠となる。全市町村で地域課題を解決するために人工知能(AI)やデジタルを活用することも列挙されており、行政サービスの効率化や住民サービスの向上、産業振興におけるデジタル技術の活用が期待されている。特に、人口規模の小さい自治体では職員数も限られているため、AI活用による業務効率化は喫緊の課題となっている。「関係人口1000万人」の実現可能性と課題政府が掲げる関係人口1000万人(のべ1億人)という目標は、日本の人口構造を考えると大規模な数値目標だ。現在の日本の総人口は約1億2500万人であり、このうち都市部在住者を中心に約1000万人が何らかの形で地方と関係を持つことを想定している。この目標の実現には、制度的な基盤整備だけでなく、関係人口となることの具体的なメリットや魅力を明確に示すことが重要だ。単なる登録制度に留まらず、登録者が実際に地域と継続的な関係を維持し、地域活動に参加するためのプログラムやインセンティブの設計が鍵となる。また、自治体側の受け入れ体制整備も重要な課題だ。1000万人規模の関係人口を受け入れるには、全国の自治体で相当な体制強化が必要となる。特に小規模自治体では人的・財政的制約が大きく、国による支援策の充実が求められる。制度実現に向けた課題と今後の展望法制度面での課題と調整事項「ふるさと住民登録制度」の実現には、複数の法的課題をクリアする必要がある。最も大きな課題は住民基本台帳法との整合性である。現行法では一人一つの住民票が原則となっているため、「第2の住民票」を発行するためには法改正または新たな法的枠組みが必要となる。住民税の分割納税についても、地方税法や地方交付税制度との調整が必要だ。自治体間での税収配分をどのように行うか、ふるさと納税制度との関係をどう整理するかなど、税制面での詳細な制度設計が求められる。これらの課題解決には関係省庁間での緊密な連携と、必要に応じた法制度の整備が求められる。地方自治体の受け入れ体制と運営体制の整備制度が創設されても、受け入れ側の自治体に十分な体制が整わなければ実効性は期待できない。ふるさと住民を地域づくりの担い手として活用するためには、地域のニーズと登録者のスキルや関心をマッチングする仕組みや、継続的な関係維持のためのプログラムなどが必要となる。また、登録者数が大幅に増加した場合の事務処理体制や、地域住民との関係調整なども重要な課題だ。特に小規模自治体では人的・財政的制約が大きく、制度運用のための支援策も検討する必要がある。国は自治体向けの研修プログラムの提供や、システム構築支援、運営費補助などの包括的な支援策を準備する必要があるだろう。デジタル基盤整備とセキュリティ対策スマートフォンアプリを活用した登録システムの構築には、高度なセキュリティの確保や個人情報保護、システムの互換性などの技術的課題もある。全国の自治体で共通利用できるシステムの構築には相当な技術的・財政的投資が必要となる。また、高齢者などデジタルに不慣れな層でも利用しやすいユーザーインターフェースの設計も重要だ。デジタルデバイドが制度利用の障害とならないよう、操作支援体制の整備や、アプリ以外の登録方法の提供なども検討課題となる。地方創生政策の新章と持続可能な地域社会への道筋「ふるさと住民登録制度」を核とする今回の基本構想は、2015年から始まった地方創生政策の集大成として位置付けられる。従来の「人口減少対策」から「人口減少を前提とした地域経済成長」への発想転換は、日本の地方創生政策において画期的な意味を持つ。制度実現には多くの課題があるものの、東京一極集中が不可逆的に進む中で、定住人口だけに頼らない新たな地域づくりのモデルとして大きな期待が寄せられている。この制度が目指すのは、単なる新制度の創設ではなく、都市と地方、そして人と地域の関係性そのものの再構築である。今月中旬の閣議決定に向けて、政府は関係省庁を挙げて最終的な制度設計を進めている。地方自治体、企業、そして何より地域住民と都市住民の理解と協力を得ながら、この革新的な制度が日本の新たな未来を切り開くことができるか、その動向に注目が集まっている。のべ1億人という大規模な目標の実現に向けて、人口減少社会における持続可能な地域社会の実現に向けた重要な取り組みとして、その成否が今後の日本の地方創生の行方を大きく左右することになるだろう。