東京を拠点にダンサーとして活躍しながら、週2日は地元である静岡県磐田市へ。
二拠点生活を送るダンサー、sachikoさん。

東京ではバックダンサーや地下アイドルの振付制作などのダンサーとしての仕事をし、磐田では2022年からダンススクールを運営している。
「磐田に新しい風を吹かせたい」
その想いで始めたスクールは、かつて自分が欲しかった「選べる場所」を、地元の子どもたちに提供している。
「誰かの心を動かしたい」
sachikoさんがダンスを始めたいと思ったのは、12歳の頃。
家族でテーマパークに遊びに行ったとき、パレードのダンサーを見て心を動かされた。
「めちゃめちゃ素敵で。私も誰かの心を動かしたいと思いました」
そうしてダンスを始めたいと思ったものの、市内にあったスタジオの多くが社交ダンスのスタジオだった。
電話帳で片っ端から電話をかけ、やっとの思いで一つのスタジオに辿り着き、ダンスを始めた。
高校卒業後の進路を選択するとき、ダンスを職業としてという考えはsachikoさんのなかでイメージがなかった。
「普通に高校卒業してどこかの専門学校か就職するのかな、みたいな。本当にあやふやな気持ちでした」
そんなとき、父親が背中を押してくれた。「ダンス続けないの?」
その言葉をきっかけに、上京しダンスが学べる専門学校への進学。これまでは触れることのなかった幅広いジャンルのダンスと向き合った。

専門学校卒業後、アルバイトと並行しながら少しずつダンサーとしての仕事を増やしていった。
ミュージックビデオやイベントのバックダンサー、地下アイドルの振付制作やダンススクールの「代講」の仕事など、様々な仕事をするようになった。
ダンサーとしての幅広いジャンルの仕事をするには、基本的に東京など関東にいないとチャンスが巡ってこないことも。
地元との関わりしろを自らつくる
2022年から、磐田でダンススクールを始めた。
始めた理由は2つある。
「私がダンスを始めたとき、本当に環境がなかったんですよ。でも今の時代、ダンスをやりたい子どもたちがいっぱいいると思って」
そんな自分と同じ気持ちを持っている子たちに選択肢を増やしたい気持ち。

もう一つは、地元が大好きだから。
スクールを始めれば、磐田に定期的に帰れる理由がつくれると思った。
こうして、週2日は磐田、残りは東京という二拠点生活が始まった。
「スクールの保護者の方から『移動大変でしょ?』と言われるんですが、楽しくやってます(笑)」
移動もスクールに関する動画作業などをしているとあっという間だという。
都内で吸収した最新のダンスや振付を、磐田に持ってくる。東京でしかできない仕事と、地元への還元。
sachikoさんが見つけた、自分らしい働き方がある。
生徒たちが原動力
スクールを始めて現在4年目。
生徒たちからの刺激で、心を動かされているという。
「みんな練習熱心で、私も教え甲斐があります。日々『ここでスクールやって良かったな』って本当に思いますね」
生徒たちには磐田にいながらもいろんな経験を叶えさせてあげたいという。
2024年にはヤマハスタジアムのラグビーのハーフタイムショーで、磐田市出身アーティストEXILE AKIRAさんと同じ舞台に生徒達が立つこともあった。その他にも地域のお祭りなどのイベントや磐田を飛び出して、横浜でアーティストのバックダンサーなど。

「私の目標であった『磐田に新しい風を吹かせる』が少しずつ叶っているのかなと思います。これからももっと見ていただける場を増やしていきたいです」
sachikoさんの目指す「新しい風」。
自身が経験してきたことを磐田の子どもたちに還元して、夢の幅を広げること。
二拠点生活だから実現できる、
私にとっての充実感
磐田市が掲げる『いいわたし』というメッセージ。
そこには『わたし』が磐田市とのつながりで人生をもっと良いものに、充実させて欲しいという意味が込められている。
「『ここがあってよかった』『いろんな経験させてくれてありがとうございます』って、生徒や保護者の方に言ってもらえると私にとって充実感であり、原動力になります」

sachikoさんのお話を聞いて、東京で仕事をしながら、その経験を活かして地元でも活躍ができるということ。
都市に居ながら地方と関わる方法は、まだたくさんありそうだと感じました。
都市で働きながら、地元と関わる。
そんな生活に憧れる人は、少なくないのではとも思います。
テーマパークのパレードでダンサーに心を動かされた少女が、ダンスをきっかけに地元の子どもたちの心を動かす場をつくっている。
sachikoさんはこれからも、ダンスを通して磐田に新しい風を運ぶ。