「自分らしいというか…誰かのために頑張れていることを実感できる瞬間が、一番気持ちいいです」
静岡県磐田市を中心に、NPO法人の代表をはじめ、デザイン・イラスト業などの4つの事業を手がける長谷川勇次さん。
その原動力は、「誰かのために」という想いでした。

不登校から漫画家を志した学生時代
長谷川さんが最初に始めた仕事は、デザイン・イラスト。
そのルーツには、漫画家を目指していた過去があります。
「小学校3年生くらいから不登校になって、結局中学校3年生くらいまで1日も学校へ行っていないんです」
家にいる時間、暇でずっと『週刊少年ジャンプ』を読んでいました。
幼いながらに「学校へ行っていないと高校とか大学へ進学できない、そしたら仕事ってどうするんだろう」という漠然とした不安がありました。
そんなとき目にした、漫画家のインタビュー。
「『僕は中卒だけど漫画家になって年収1億を超えました』というインタビューがあったんです。『これしかないな』と思って、小学校4年生くらいから漫画家を目指し始めました」
そこからは、ずっと家で漫画を描き続けました。
そして中学3年生のときに有名出版社のコンクールで賞を取り、担当編集者がついてデビューを目指すまでに。
でも、漫画家になることはありませんでした。
「漫画は大変すぎました。世の中で一番過酷な仕事だと思います(笑)」
そして周りから「絵が描けるなら」と会社のロゴを作ってほしい、友達の結婚式のウェルカムボードを描いてほしいという依頼が長谷川さんへ舞い込むようになりました。
「出来上がったもので会社が動き出したり、喜んでもらえることが実感できて。漫画よりも、こっちのほうが自分に合っているのかなと思いました」
高校卒業のタイミングで、進学も就職もせずに個人事業主の道を選びます。
「月に1本仕事があるか無いかぐらいだったんですけど、バイトすればいいかなって」
友人の「社会人になるのが絶望的」
から始まった
NPO法人「SAC」は、静岡県最大級のスポーツコミュニティ。
週3日、磐田市内の小中学校の体育館やグラウンドで、気軽に参加できるスポーツの場を提供している。

NPO法人化して2025年で3年、それ以前も任意団体として5年ほど活動している。
「きっかけは同級生が大学を卒業するとき、社会人になることに絶望を感じていたんです(笑)。『仕事に行って帰ってくるだけの往復の生活になるんだろうな』という話をしていたので、それなら週末に何か楽しみをつくろうと」
体育館を借りてスポーツをやり始めたのが最初のきっかけでした。
最初は5人くらいでスタートしたが、せっかくやるなら100人規模を目指そうという話になった。
「そのときはもちろん地域のためとかもないし、NPO法人にしようという気も全くなかったです。とりあえず自分とその友達が楽しめるようにと思って始めました」
口コミや参加者からの紹介を通じて、新たな参加者へと拡がっていった。
そこから少しずつ形を変えて、月曜日にバスケットボール・バレーボールの2種目、水曜日にフットサル、土曜日にバドミントンと週3日、4種目が定着してきた。

「長いことやっているので、参加する人も定期的に入れ替わったりしてますね。あとは僕も知らないところで交流が深まっていることもあります(笑)」
部活動などと違って、来ても来なくても良い、やったことないスポーツでも参加可能と気軽に入りやすい場所として多くの人が集まる「居場所」になっています。
「誰かのために」が一番輝く瞬間
長谷川さんを動かし続けるのは、「誰かのために」という想い。
「結構、人のために頑張れていることの方が、自分のために何かすることよりモチベーションを保てます」
誰か頼まれたことをやるとき、この資料できたらあの人がプレゼンできるなど。そんな瞬間のために頑張っている感じが、やっぱり一番自分が輝いている瞬間だといいます。
「綺麗事で言っているんじゃなくて、自分のためにやることが多分苦手なだけなんです」
「長谷川くんに出会えてよかったな」
現在長谷川さんはSACの活動としてスポーツ以外の新たな挑戦にも取り組んでいます。
「実はこれが一番自分自身も説明しづらいんですけど…多世代多文化の交流スペースをつくりたいと思っていて、そのテストとして毎週木曜日に公共施設を使用して活動しています」
「これも実はお世話になっている人に頼まれて(笑)若い人に取り組んでほしいと」
テストの活動では、SACの加盟団体である地域事業者が自由に利用できるようにしたり、月に一度地域食堂を開催し、シニア世代や不登校の学生など、さまざまな人が訪れる場へ徐々に根づき始めています。
テストを進める中で、長谷川さん自身もいろいろな人と関わりを深め、模索を続けています。
「サードプレイスという意味では、SACのスポーツの活動も居場所づくりの活動も同じなのかなと思っています。『あの団体があってよかったね』とか『長谷川くんに出会えてよかったな』と言ってくれる人が一人でも増えればいいかな、というところが一番強いかもしれません」

自分らしく、
充実した時間を過ごせるわたし――
磐田市が掲げる『いいわたし』というメッセージ。
そこには『わたし』が磐田市とのつながりで人生をもっと良いものに、充実させて欲しいという意味が込められています。
長谷川さんの人生に触れて感じたのは、「誰かのために」という想いが、自分自身をも輝かせるということでした。
長谷川さんの日常を覗くと、居場所づくり以外の活動も、多くの人と飾らずに交流を深める姿が印象的でした。そして人が自然と集まる。その循環が、長谷川さんの活動をさらに広げているように感じました。

誰かのために資料を作ること。誰かのためにロゴを描くこと。そして、誰かのために居場所を作ること。
そのすべてが、長谷川さんの「いいわたし」へとつながっていました。