
名古屋大学 学術研究・産学官連携推進本部 イノベーション・アントレプレナーシップ推進室 室長/教授/博士(医学) 河野 廉氏
名古屋大学 経済学部3年 松前 佳音氏
名古屋を中心とした東海地域では、新しい挑戦を支える環境が整いつつあります。その象徴的な取り組みの一つが、名古屋大学をはじめとした28大学・2機関が連携するアントレプレナーシップ教育と起業支援活動のためのプラットフォーム「Tongali(トンガリ)」です。
2015年の創設から11年。大学生の学生起業家の育成と支援だけに留まらず、小中高生にもその対象を拡大するなど、世代を超えて共に学び、挑戦できる基盤づくりを進めてきました。では、こうした取り組みはなぜ、地元企業だけでなく、地域外の企業からも注目を集めているのでしょうか。
創設者の河野氏とTongaliで活動する名古屋大学の松前氏のお二人に、名古屋で育つ人材や、学生と企業の関わりについて、お話をうかがいました。
Tongaliは「何に挑むかを自分で決める」ための基盤

河野 廉氏
ーー:まず、Tongaliとはどのような場なのでしょうか。
河野氏:多くの人は「起業家を育てるためのビジネススクール」だと思っているかもしれません。しかし、私たちが目指しているのは学生が自分で意思決定し、挑戦していく力を身につけることです。Tongaliとは、その経験を積むための広域的な教育基盤だと考えています。
ーー:学生が起業するかどうかだけにこだわっていないということでしょうか。
河野氏:そうですね。起業はあくまで一つの手段です。起業というプロセスには、正解がありません。誰かに教えられた通りに動くのではなく、自分自身で課題を見つけ、解決策を考え、リスクを取って決断しなければならない。この「自分で決める」という経験こそが、学生を劇的に成長させます。結果として起業しなかったとしても、あるいは失敗したとしても、その過程で得たものは、企業に入っても、研究者になっても、必ずその人の一生を支える財産になります。
名古屋を「挑戦のハブ」にする
ーー:Tongaliには東海地域の多くの大学・機関が参画しています。なぜこれほど大規模・広域の連携になったのでしょうか。
河野氏:Tongaliは2015年に5大学でスタートしましたが、当初から一つの大学、例えば名古屋大学の学生だけで集まっても、どうしても似たような発想、似たような考え方になりがちだと感じていました。新しい価値を生むには、大学の垣根を取り払い、文系・理系、国立・私立を問わず、異なる専門性やバックグラウンドを持つ学生が「混ざり合う」ことが不可欠です。現在では東海地域の28大学・2機関まで広がったことで、当初の5大学からは想像できないほど大きなコミュニティに成長しています。
ーー:ビジネスコンテストなどの開催形式についても、独自のこだわりがあるとお聞きしました。
河野氏:よくあるビジネスコンテストでは、「地方予選があって本選は東京」という形式が多いですよね。正直に言うと、私はその形に少し違和感を感じてきました。なぜ最終的には東京に行くことが前提なのだろう、と。
東京を目指すのではなく、名古屋そのものが「わざわざ人が集まりたくなる拠点」になれたらいい。そんな思いで、Tongaliのコンテストを設計しており、「名古屋に来ませんか」「ここに集まりましょう」というスタンスを大切にしています。地域を問わず歓迎し、外から来た人や技術と、地元の学生が同じ場所で交わる。そうした出会いの中からこそ、思いもよらない化学反応が生まれるのではないかと期待しています。
ここに集まること自体が価値になる。そんな場を、名古屋につくっていきたいと考えています。

松前 佳音氏
松前氏:実際に参加していても、名古屋だけで固まっているという閉鎖的な雰囲気は感じません。28大学・2機関という広がりがあるからこそ、外からの刺激を自然に受け入れる、オープンな空気があると感じます。
また最近は、28大学・2機関の枠を越えて、東京や九州など他地域の学生ともコンテストで関わる機会が増えてきました。その点でも、活動の広がりを実感しています。
強制のない自由な環境が
学生の主体性を引き出す

ーー:松前さんは、どのような経緯でTongaliに関わるようになったのでしょうか。
松前氏:私は高校生の頃から起業に興味があり、学校のビジネス部で活動していたのですが、その活動の中でTongaliの存在を知りました。
Tongaliには、起業している大学生が集まっていたり、コンテストの副賞として海外での実証実験に挑戦できたりと、アイデアと本気になって向き合える環境があることを知って、「大学生になったら、私もTongaliに関わりたい」と強く思うようになったんです。
ーー:入学し実際にTongaliに関わってみて、イメージとのギャップはありましたか。
松前氏:実際に関わってみて驚いたのは、本当に自由だということです。何かを強制されることが一切なくて、「こうやりなよ」という圧も全くありません。自分の考えたプロジェクトを、そのまま自分の手で試せる環境がありました。

河野氏:「ああしろ、こうしろ」と答えを押し付けてしまうと、学生は自分で選択できなくなります。卒業した後に、自分で選択できなくなるのが一番困るんです。自分の人生、自分のキャリアなのだから、自分で選ぶ。我々は「こんな選択肢もあるよ」と提示する役割でありたい。その突き放されたような感覚こそが、結果として自律的な成長に繋がると考えています。
成否よりも「自ら意思決定した事実」に価値を置く

ーー:実績についても確かな数字が出ています。累積の起業数は423社、累積資金調達額は1,606億円に達しています。
河野氏:10年続けてようやく数字がついてきたという実感です。2024年度にはのべ受講者数が9,126名に達しました。Tongaliでは、気づきや問いから始まり、仮説、実践、実装と段階を追ったプログラムを用意しており、ステップバイステップで学べる体制を整えています。ただ、コンテストで優勝を決めて終わり、という形はとりたくなく、コンテストで入選した、しなかったなど関係なく、動ける環境を創っていくことが大事であると思っています。
ーー:失敗しても終わりではない、ということですね。
河野氏:はい。たとえ失敗したとしても、その過程で「自分で意思決定し行動した」という経験そのものに価値があります。自ら考え動いた経験を持つ人間が企業に入れば、それは企業にとっても大きな財産になるはずです。
ーー:今や多くの企業がTongaliに関わっていますね。
河野氏:現在、Tongaliの活動には、40社を超える企業の皆さまにサポーターとしてご参画いただいています。実は立ち上げ当初は、「とんがった人材はうちには合わないかな」「もっとバランスの取れた人材がほしい」といった声をいただき、お断りされたこともありました(笑)。それでも活動を地道に続ける中で、学生さんたちの真剣な挑戦や熱意に触れた企業の方々が少しずつ共感してくださり、気がつけば一社、また一社と仲間が増えていきました。今では、サポーターの皆さまが新たなサポーターをご紹介くださるという、ありがたい循環も生まれており、事業化のプロセスにおいても、第一線でご活躍されている立場から学生に寄り添い、実践的な視点でご支援をいただいています。
松前氏:学生としても、企業の方と単なる採用という枠を超えて、課題を一緒に面白がれるような対話ができたら嬉しいです。
ーー:最後に、名古屋への進出を検討している企業の皆様へメッセージをお願いします。

松前氏:私は地元が好きということもありますが、Tongaliの活動があるからこそ、名古屋で学び、この地で挑戦し続けたいと強く思うようになりました。外から来る企業の皆さんとも、学生が主体的に動いている現場で混ざり合えることを楽しみにしています。
河野氏:名古屋には、Tongaliに参画している大学をはじめ、文系・理系・芸術・デザイン・医学など、多様な分野の大学が集まっています。こうしたバラエティ豊かな学問環境は、この地域ならではの強みだと感じています。そして、「地元が好きだからこそ、ここで新しい価値を生み出したい」と考える若い世代が育ち始めています。学びと挑戦がつながり、人が人を刺激する——そんな良い循環が少しずつ形になってきました。
ぜひ企業の皆さまにも、この地域に足を運んでいただいて、学生たちが主体的に挑戦している現場に触れていただければと思っています。
プロフィール
名古屋大学 学術研究・産学官連携推進本部 イノベーション・アントレプレナーシップ推進室
室長/教授/博士(医学) 河野 廉
名古屋大学医学研究科 博士課程 修了。
株式会社ツムラ、コロラド州立大学PDなどを経て、2002年に起業と同時に三重大学産学官連携コーデ。ネーターとして、産学連携全般に従事。
2006年より名古屋大学に異動し、“B-jin”を起ち上げ、全国の博士人材のキャリアパスを支援。
2015年、東海地域の5国立大学が参画して、アントレプレナーシップ教育を実施する“Tongali” を創設。現在28大学に拡大し、東海地域のアントレプレナーシップ教育、研究成果型大学発ベンチャーの起業支援を行っている。
(取材・編集・執筆:讃岐 勇哉 / 取材日:2026年1月16日)