大阪の大手企業から磐田の畑へ。 野菜だけではなく信頼を育てる「いいわたし」

「野菜をつくるだけではなく、信頼もつくっている。そんなイメージです」

静岡県磐田市の農業法人・株式会社パシオスで働く上村遊輝さんは、そう語る。

株式会社パシオスは上村さんのお兄さんが代表を務める会社。

広い農地で多品目を手がけながら、お客さんとの関係性を何より大切にしている。現在はアスパラガス、キャベツ、ブルーベリーから米、大豆など幅広く生産。キャベツを使った「天竜餃子」の商品開発にも取り組んでいる。

「動ける幅」を求めて

「正直農業をやりたいと思ってきたという感じではないですね。自分が判断して動かせる幅がすごく大きそうだなって思ったんです。それって面白そうじゃないかと感じたんですよ」

2019年まで大阪で飲食業の人事として働いていた上村さん。大手企業での仕事は楽しかったが、職責上できることが限られていたと感じていた。

そんなとき兄から一緒にやってみないかと誘われた。

「そういう選択肢もあるのかと思いました。蓋を開けてみれば、できることが多すぎてパンクしてるわけですけど(笑)」

当時、奈良に家を買って大阪に通勤していた上村さんにとって、移住を伴う転職の誘い、大きな決断だった。

会社員時代に感じていた制約から解放された一方で、今度は選択肢の多さに戸惑うこともある。しかし、「全部に触れるっていうのは、全部を良くすることもできるはず」という前向きな視点も持っている。

300枚の畑で学んだこと

株式会社パシオスが管理する農地は50ヘクタール以上、畑の数は300枚を超える。

「北海道みたいに大きい畑がドーンとあるわけじゃなくて、小さい畑がバラバラとあるんです。一番遠い北の畑から一番南の畑に行くのに30分かかったりとか、畑から畑への移動も考えながら組み立てないといけない」

現在はパート、技能実習生や特定技能の外国人などを含め約30名で作業をしている。上村さんの役割の一つは、みんながいいパフォーマンスを発揮できるよう配置を考えること。実習生が来る際は、住居から家具家電、自転車の準備まで、生活全般のサポートも重要な仕事だ。

キャベツから生まれた「天竜餃子」

上村さんが農業以外の取り組みとして手がけるのが「天竜餃子」。

「キャベツをたくさん作るようになって、業務用のキャベツを生産して出荷して、営業もしていくなかで、用途として総菜になったり、カットサラダのキャベツになったり、餃子になったりっていうのをみてきました」

「僕個人的に餃子がすごく好きなので、例えば自分たちでプロデュースしたらどうなるんだろうって思ったのがきっかけです」

高校時代に調理師免許を取得し、20代で飲食業に携わった経験を活かして、上村さんだからこそ作れるキャベツを引き立てる餃子を手がけた。コンセプトは「ガマンしない」こと。

「ニンニクを使っていないので昼でも夜でも、気にせず食べられます。お弁当なんかでも使いやすい、そんな餃子をつくっています」

現在は磐田市内の自動販売機1台、ふるさと納税、オンラインショップで販売している。

「我々の畑が天竜川沿いに北から南へ点在しているので、天竜川の伏流水で育てたキャベツといっても過言ではないんです。あと「天竜」っていう響きが中華料理っぽかった(笑)」

そんな地域の資源を活かしたネーミングにも、上村さんのこだわりが込められている。

農業の不確実性が教えてくれたこと

「100個つくろうと思っていたけど80個しかできませんでした、みたいなことが平気であるのが農業なんです。逆に100個つくろうと思っていたけど120個できちゃいました、みたいなこともあり得るんですよね」

農業における不確実性は、天候にされる場面が多い。

猛暑や豪雨など、日々の積み重ねだけでは予測しきれないことも経験してきた。だからこそ、信頼でつながる顧客との関係性が支えになっている。

「20個多くできたときに、その20個も一緒に買うよって言ってくれたり、80個しかできませんでしたっていうときに、いつも頑張ってくれてるからいいよって言ってくれたり。そういうお客さんとのコミュニケーションとか、良いときも良くないときもお互いに支え合っていける関係性をつないでいく」

そうした相互の信頼関係に支えられて、農業が成り立っている。

「一個一個の利益が高いからとかって目移りしてあっちこっちいくって事をしたくなくて、大事なお客さんに精一杯報いたい。そういうところを一個一個つないで一つずつ信頼をつくっていきたいです」

自分らしく、充実した時間を過ごせるわたし――

磐田市が掲げる『いいわたし』というメッセージ。

そこには『わたし』が磐田市とのつながりで人生をもっと良いものに、充実させて欲しいという意味が込められている。

人事から農業へ転身し、新しい土地で信頼を育む。上村さんの姿は、まさに「いいわたし」を体現しているように感じました。

「野菜をつくるだけではなく、信頼もつくっている。そんなイメージです」

その言葉の裏には、お客さんとの関係性を大切にし、一つひとつの出会いを積み重ねていく上村さんの想いが込められています。

大阪での人事経験、飲食業での調理師の知識、そして静岡の豊かな自然。奈良に買った家を手放してまで選んだ新天地で、上村さんは自分なりの農業のスタイルを見つけた。

技能実習生たちの生活サポートから、300枚の畑の管理、そして天竜餃子の開発まで。「全部に手をつけきらない」と苦笑いしながらも、想いややりがい、自然を相手にする苦悩を語ってくれる姿が印象的だった。

一つひとつの関係性を大切に積み重ねていく上村さんの日々は今日も続いている。

上村さんの動画はこちらからご覧いただけます。

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