頭の上を通るリスザル、
目の前を歩くカピバラ。
動物たちの息遣いを感じれば、
心が自然と和む。
90分程で回り切れる、程よい広さが魅力。
この安らぎ空間は福岡県大牟田市にある「大牟田市動物園」

休日には、他県からも多くの人が訪れる。
ここにはまちの喧騒から離れた、
ゆったりとした時間が流れている。
「『動物との距離が近い』と、お客様からよく言っていただけるんですよね」
そう話すのは、大牟田市動物園で8年間飼育員として働く古賀 秋穂(こが あきほ)さん。
どうしても、飼育員になりたかった
古賀さんが諦めかけた夢を叶えたのは、子どもの頃から通い続けたこの場所だった。
中学校で進路を考える時、将来の夢として動物に関わりたいと思った。

高校は少しでも動物に近づきたくて、「ペット動物」という授業がある大牟田市の「ありあけ新世高等学校」を選んだ。その後、飼育員コースのある専門学校へ進学。
専門学校在学中は大牟田市動物園でアルバイト。
しかし、就職活動では厳しい現実が待っていた。
「小さい頃から通っていたこの動物園で働きたかったんです。先進的な取り組みもしていて、ここで学びたいって思っていました。でも、そもそも求人が出ていなくて」
この際、場所は問わない。どうしても、飼育員になりたい。
「茨城とか神戸とか、いろんなところに試験を受けに行きました」
強い想いがありながら、試験を受けては落ちる、を繰り返すこの時期が一番辛かったと振り返る。
そんな古賀さんに、目前に卒業が迫ったタイミングで、奇跡が起こる。
「たまたま大牟田市動物園に空きが出たと、園長に声をかけていただいて。結果、一番働きたかった動物園で飼育員になれて、本当に良かったです」
コンセプトは「動物福祉を伝える動物園」
大牟田市動物園は、ライオンやトラなど、数多くの動物の無麻酔採血に国内で初めて成功している。
コンセプトに基づいて、動物たちの生活の質を向上するため、園内ではさまざまな取り組みが行われている。
「柱となる取り組みは2つあって。“ハズバンダリートレーニング”と“環境エンリッチメント”です」

ハズバンダリートレーニングは、動物の健康管理を、動物に協力してもらいながら行う取り組み。
「本来なら麻酔をかけたり、保定といって抱くなどして動物が動かない状態で採血を行うんです。それらをせず、動物に協力してもらって採血ができる状態を目指して、日々トレーニングをしています」
環境エンリッチメントは「動物の生活の質の向上」を目指すもの。
動物の種本来の動きを引き出すため、獣舎内の環境を整えている。
その成果は、動物たちの日常に表れている。
「動物がお客様の近くでもリラックスして寝ていたり、群れで自然な行動を見せていたりするんです。動物たちも幸せを感じてくれてるんじゃないかなと思える瞬間です」
飼育員の手で、お客様に伝えたくて
園内に入ってすぐ、園の取り組みや動物の説明が丁寧に紹介された看板が目に入る。
定期的に更新されるこれらの看板は飼育員さんたちの手作り。

「入口で動物園の取り組みをまず知ってもらいたいということで、みんなで作ってるんです」
古賀さんが携わった看板は、お客様から動物園宛に届いた品物をどう活用しているかを写真付きで説明したもの。
品物は、園が公開しているAmazonの欲しいものリストから贈れるようになっている。

「贈ってくださったお客様にも喜んでいただけるかなと思って」
その言葉からは、動物とお客様、動物と飼育員だけでなく、お客様と飼育員という関係も大事にしていることが伝わる。
動物たちとスタッフを近くに感じられる
園内では、動物たちがのびのびと寝ていたり、リラックスしている姿を見られる。
距離が近いのは、動物とお客様だけではない。

大牟田市動物園には飼育員の専用通路がない。
つまり、お客様が通る道と、飼育員が通る道が一緒なのだ。
「歩いているとお客様から声をかけてもらったりとか。モルモットの部屋の掃除をしてても、『モルモットってどんな動物なの?』とか、皆さん声をかけてくださるんです」

決して大きくはない動物園。
だからこそ、感じられる安心感や距離の近さに古賀さんは誇りをもっている。
自分の満足ではなく、動物が主に
飼育員になって気づいた、本当に大切なこと。
「最初は動物と関わりたいっていうのが大きかったんです。でも、飼育員の仕事はそれだけじゃないっていうのがよくわかって」

8年間の経験が、古賀さんの価値観を大きく変えた。
「動物=可愛い・触りたい、だけじゃなくて、その動物のことをもっと知りたい、こういうところを伝えたいっていうふうに変わったんです」
「自分の満足じゃなくて、動物の幸せを主として見れるようになったのは大きく価値観が変わったなぁと思います」
市民にとって、
動物園をもっと身近な存在に
大牟田市動物園では、動物たちの自然な姿を間近で見ることができる。
忙しい日常から離れ、動物たちとの時間を過ごすことは、心に安らぎを与えてくれるはず。
「大牟田市民にとって、もっと身近な場所になってほしい」古賀さんはそう願う。
「私は、小さいときからこの動物園に来ていたので、当時の私のような小さな子がここに遊びに来て、動物のことをたくさん知りたいって思えるような動物園にしたいんです」
大牟田市動物園ではInstagramやYoutubeを活用した発信にも力をいれているそう。
古賀さんの想いは、地域とともに歩む動物園づくりにある。
「もっと地域とつながって、盛り上げていきたいと思っています。園で行っているたくさんの取り組みも、誰もがわかりやすいかたちで伝えていきたいです」
大牟田市動物園サイト:https://omutacityzoo.org/
(2025/06/09 取材 山本和果)
