3月のある日。
静岡県磐田市内の今之浦公園では河津桜が見ごろを迎えていた。

まだ冷たさの残る空気の中、その暖かな色彩は一足早い春の訪れを感じさせてくれる。
愛犬とともに、明るい笑顔で迎えてくれた山内美穂さんは、野菜ソムリエの資格を活かし『ベジーな料理家』として磐田市を中心に活動している。

出身は熊本県熊本市。
九州で働いていたころ、現在のご主人と知り合った。
「主人が千葉県に転勤になるとき、追いかけるかたちで結婚しました」
そうして新婚生活と、見知らぬ土地での生活が始まった。
「母の手仕事がていねいで、上手な人だったので、それを見て育ってきました」
その原体験から、料理をすることは好きだったという。
しかし、結婚を機に料理をする機会が増えたとき、山内さんが感じたことは食卓の豊かさをつくることの難しさだった。
そんな山内さんに転機が訪れたのは、ふとテレビを見ていた瞬間だったという。
「野菜ソムリエの方が、テーマを考えながらサラダをつくっていたんです」
今振り返ると、内容はうろ覚え。だけど、当時の山内さんにはピンときた。
「今の私にはこれだって思って」
そんな直感から、すぐ行動し、資格を取得した。
「最初は初級ぐらいでいいかなと思っていたんですが、どんどん知識が欲しくなっちゃって。その上の級まで取得しました」
資格や知識だけではなく、「食」への興味が以前よりも深まり、新たな縁もうまれた。
「千葉で百貨店と繋がりができて、イベントに呼んでもらったりして。楽しくなってきたなって思ったときに、主人の静岡県への転勤が決まって」
熊本県出身の山内さんにとっては、またしても縁がない土地だった。
浜松市で少し暮らし、その後磐田市へ引っ越しをした。
「最初の浜松で暮らしていたときに、市の野菜を使ったレシピコンテストに応募したら一番いい賞をいただいて」
そのレシピを通して、実際に商品化や新聞に取り上げられるなどの機会があった。
「なんとなく、職業としてやっていけるのかなっていう手応えをこのときに少し感じはじめて」
その後、磐田市の海老芋コロッケコンテストに応募し、特別賞を受賞。
転機となったのは、地元企業からのレシピ考案の依頼だった。
「キャッチコピーみたいなのもらえますか?って言われて」
それが料理家を名乗るきっかけとなった。
「なんとなくの手応えも感じ始めていたので。よし!名乗ろう!って決めました」
「私が得意なのは野菜料理なので、ベジタブルから取って、『ベジーな料理家』にこのときからなりました」
そうして、料理家となり、紡いできた縁を活かしながらレストランメニューの監修をおこなうなど、活動の幅は順調に広がっていった。

しかし、ご主人の海外転勤が決まる。
赴任先はタイのバンコク。
突然の海外での生活、不安はなかったのだろうか?
「心配なことはもちろんありましたけど、実際に経験がある方とかに話を聞くと、行ってよかったっていうのを聞きました」
実際に山内さんも住んでみてよかったという。
「文化の違い、食の違いはすごく大きかったです。タイへ住んですぐにタイ料理教室へ通い始めました」
どこまでも食に対して貪欲な山内さん、その経験が料理家としての活躍の幅をさらに広げる機会となった。
「結果的にタイの文科省からタイ料理コース修了書っていうのもいただいて、宝物です」

そんなタイ・バンコク生活を経て、現在は磐田市で暮らしている。
現在は、磐田市の広報紙『広報いわた』でレシピの提供をおこなっている。
磐田市特産品を活かしたレシピでありながらも、山内さんだからこそ考えられるタイ料理のレシピなども紹介している。
「皆さんにレシピを知ってもらうだけじゃなく、磐田の特産品も使っているので。磐田の食材を知る、触れる機会になってもらえたら嬉しいですね」
これまでさまざまな場所での暮らしを経験してきた山内さん。
現在の磐田市の暮らしについて尋ねてみた。
「海近いし、山もあって、畑もある。いいものが安く手に入って、新鮮で美味しい、得しかないです。でもそれは暮らしてみて初めて気づいたことですね。暮らしに寄り添った魅力がある」
「料理をつくることが楽しいって気持ちが、強く持てるようになったと思います。磐田に来てから」
山内さんからのいわた愛が止まらない。

「食べることが好きだからどうしても、美味しいものの話になっちゃうんですけど。あったかいんですよね。人も気候も」
一軒家を買ったら犬を飼いたいと思っていた山内さん。
その夢を叶えた土地でもあった。現在は2頭の愛犬と暮らしている。
市内の公園をローテーションしながら出かけているそう。
そんな、愛犬と過ごす何気ない時間が山内さんにとって、自分らしさを感じる時間なのだと教えてくれた。

最後に、山内さんに夢を伺いました。
「食材の魅力を通して、地域の魅力を知ってもらいたいので、そのきっかけになるようなことができたらいいなと思ってます。自分自身が、ゆかりのないこの地域で魅力に夢中になったので。ぜひそれをみんなに分かってもらいたい」
「広報紙にレシピを提供させてもらっているので、いつかそれをまとめた本をもし出せたらいいなとも思っています。レシピをまとめるだけじゃなくて、食材の魅力、旬が伝わるようなものがつくれたら。磐田の土やみずみずしいお野菜を絡めたようなものがつくりたいですね」

山内さんにとって、かつて縁もゆかりもなかった磐田市。
見知らぬ土地への転居は、誰にとっても人生の大きな転機となるもの。それが自ら望んだものであれ、状況に導かれたものであれ、新しい環境は思いがけない可能性を広げてくれるのかもしれない。
愛犬と過ごす時間も、料理を通じて磐田の魅力を届けたいという気持ちも、山内さんにとっての『いいわたし』。
まもなく4月。
新たな環境で、新生活をはじめる人も多い季節。不安はほどほどに、わたしらしく、心がワクワクする鼓動を見落とさないように。
その先に、きっとあなたらしい『いいわたし』に出会えるかも。
