「誰かのために」が自分らしい。 農業の価値を創造する「いいわたし」

「もともとは虫博士になりたかったんです」

静岡県磐田市で、農園・アグレスノーバを営む花積義人さんは、そう振り返って笑った。

虫を捕獲して研究する——それが中学生までの花積さんの夢だった。

学生時代から農業の道を志した、だからこそ農業の可能性を広げたいと日々奔走する花積さんのお話に触れてきました。

虫博士への憧れが、農業への扉を開いた

花積さんは静岡市出身。中学2年生のとき、虫について調べ物をするなかで「天敵農法」という言葉に出会った。農薬の代わりに虫を放して、虫の力で害虫を駆除する農法だった。

「それまで虫は捕まえて飼育して研究する対象でした。でも、虫が活躍する場所がある、一緒に働ける場所があることに衝撃を受けたんです」

その瞬間、少年の未来は決まった。農業の道で進学先を決め、学びを深めた。

磐田市にある静岡県立農林大学校(現在は静岡県立農林環境専門職大学・短期大学部)を卒業。その後磐田市の農業経営者育成事業に手を挙げた。

「経営ができる農家を育て上げるぞっていう事業があり、チャレンジしました」

その事業を活用して長野県で研修を積み、2017年に磐田市で独立しアグレスノーバを設立。

アグレスノーバには「農業革新」の理念を込め、農業を通じて地域や仲間の強みを活かし、みんなの未来を明るく元気にしていこうという想いがある。

兄弟の約束が、現実になった日

キャベツから始めた農園、今では生産する品目も増え、メンバーも5名と仲間が増えた。

独立の翌年、デザインの仕事をしていたお兄さんと農林大学校時代の同級生のひとりがアグレスノーバへ合流。

「農業に触れながら、育てた野菜を通して形あるデザインが実現できたら」と当時農業未経験だったお兄さんが加わった。

「実は、農園の横にデザイン事務所があるような形ができたらいいねって話をしていたんですよ、学生時代に」

その後も農林大学の同級生や研修時代の同期も加わり、現在のアグレスノーバへ。

農業経験のある仲間たちの強みを活かし、新たなことにも挑戦している。今ではアグレスノーバの代表的な野菜でもあるハラペーニョもそのうちの一つだ。

運命の出会い、コールラビが教えてくれたこと

花積さんのイチオシ野菜を伺うと、「コールラビですね!」と聞き慣れない野菜の名前を教えてくれた。

キャベツの仲間で、ヨーロッパ原産の甘みのある野菜とのこと。でも、この出会いは完全に偶然だった。

「キャベツ畑で収穫作業をしていたとき、一株だけコールラビが混ざっていたんです。その見た目にすごい衝撃を受けて」

運命を感じたと振り返る花積さんは、苗屋さんに頼み込んで、苗を作ってもらい早速生産を始めることに。そして冬場に美しいコールラビを収穫することができた。でもそこで気づいた、売り先がないこと。

「この可愛さを伝えたい」その思いで手売りから始めた。

取引先や知り合い、ときには交流会などに参加をして、その甘さと美味しさを直接伝えていく。

「やっぱり食べてみるとすごく甘くて美味しいっていうところで、気に入ってくれる方が徐々に増えてきました」

そうした地道な活動で認知を拡大、今では磐田市内の学校給食にも採用されている。

絵本が生まれた、農業の新しい可能性

コールラビの物語は、思わぬ方向に発展した。

お兄さんが母校である静岡文化芸術大学で、デザインと農業の価値創造について授業を行うことになり、コールラビの認知拡大をテーマとした。するとひとりの学生から意外な提案が。

「コールラビを主人公にした絵本を作りたい」

その提案に衝撃を受けたという。

「コールラビの価値を高めるのに絵本が出てくるっていう。これは面白いなと思って」

「僕は農業以外のことはわからないんです、だからこそ他業種の方と積極的に関わりたいんです」

その想いが、兄との連携やこのような新しい取り組みを生み出している。

こうして誕生したのが『ラビくんのだいぼうけん』

キャベツ畑で育ったコールラビが本当の居場所を求めて旅に出る物語で、花積さん自身の農家になるまでの軌跡とも重なる。

この絵本は磐田市内の小学校や図書館、静岡県立中央図書館に寄贈され、子どもたちが農業に親しむきっかけを作っている。

自分らしく、充実した時間を過ごせるわたしーー

磐田市の豊かな土壌で育つ野菜たち、そこに込められた人の想い。その背景には、チャレンジを応援する地域の風土と、農業を通じて新しい価値を創造しようとする人の情熱がありました。

磐田市が掲げる『いいわたし』というメッセージ。

そこには『わたし』が磐田市とのつながりで人生をもっと良いものに、充実させて欲しいという意味が込められています。

花積さんの人生に触れ、農業を通してたどり着いたまちで『いいわたし』を体現していると感じました。

「いろんな人に助けられ、いろんな方にチャンスをもらえて今がある。そのなかで僕としてはみんなのために生きたいっていうのが心の中にあって。誰かのために動いてるときが自分らしいのかもしれない」

周りがあっての自分。一人では何もできないからこそ、仲間との協力を大切にしていく。

虫博士への憧れから始まった道は、今や地域をつなぎ、新たな価値を創造する場になった。

花積さんの「農業革新」は明るい未来に向かって続いていく。

花積さんの動画はこちらからご覧いただけます。

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