本セッションでは、地域行政で活躍されている2名のゲストをお招きし、現在の地域の問題、実践的な取り組み、国と地方の関係や今後の可能性を語っていただきました。
※本記事は、2025年3月7日に開催されたOFFTOKYO開業記念レセプション「東京にこだわらない生き方を、すべての人へ」のトークセッションVol.2の内容をレポートにしております。発言内容や情報は、取材当時の情報に基づいています。
ファシリテーター岩佐 大輝(以下、岩佐):みなさん、こんばんは。第2部のテーマは「OFFTOKYO最前線! 地域への多様な関わり方と地域の可能性」ということで、地域との関わり方がメインのセッションになります。

岩佐 大輝 株式会社GRA 代表取締役CEO
宮城県山元町出身。日本および海外で複数の法人のトップを務める起業家。2002年、大学在学中に起業。東日本大震災後は、壊滅的な被害を受けた故郷山元町の復興を目的にGRAを設立。先端施設園芸を軸とした「東北の再創造」をライフワークにするようになる。農業ビジネスに構造変革を起こし、ひと粒1000円の「ミガキイチゴ」を生み出す。著書に『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』(ダイヤモンド社)、『甘酸っぱい経営』(ブックウォーカー)などがある。
現在の地域との関係性
小野 泰輔(以下、小野): この間まで衆議院議員をしていましたが、その前は熊本県の副知事を8年やっていました。自身のバックグラウンドは東京が長く、人生の大部分は東京でした。大学の恩師が知事になったので手伝いに行って熊本で暮らし、今も熊本に家があり、子供たち3人も熊本で育っています。二拠点居住を実際にやっており、東京に1週間、熊本に3週間という形で活動しています。

小野 泰輔 前衆議院議員 元熊本県副知事
1974年東京生まれ。海城高校、東京大学法学部卒。現アクセンチュアなど民間企業を経て2012年熊本県副知事に就任。2期8年務め、くまモンの著作権フリー化など地域活性化に取り組む。2020年東京都知事選挙に出馬し61万票を獲得。2021年10月、衆議院総選挙に出馬し当選、直後に文通費問題を指摘。2年連続三ツ星国会議員に選出。2024年10月の総選挙は惜敗。
草地 博昭(以下、草地): 静岡県磐田市長です。愛知県の国立豊田高専出身で、高専卒の市長は全国で2人ぐらいじゃないかと思います。JR東海に入って新幹線の品川駅を作り、3年ほど東京で生活していました。愛知県5年間、東京3年間で地元への思いが強くなり、サッカーやスポーツを活用したまちおこしができないかと思って地元に帰りました。ジュビロ磐田メモリアルマラソンの事務局長を務め、市民活動をして市議会議員を経て市長になりました。

草地 博昭 静岡県 磐田市長
1981年静岡県磐田市生まれ。国立豊田高専環境都市工学科を卒業後、JR東海に入社。首都圏で暮らすも、兼ねてからの地元愛、地方創生への思いを抑えきれず、地元である磐田市へ帰郷。
その後は、NPO法人磐田市体育協会にて事務局長兼ジュビロ磐田メモリアルマラソン事務局長を務め、市民活動では、いわたゆきまつり実行委員長として活動。2013年に磐田市議会議員に初当選。以来、市議会議員を2期務め、その間、議会運営委員長や民生教育委員長等を歴任。2021年4月より現職。全国青年市長東海ブロック理事、東海若手市長の会事務局長を務める。
地域の課題と取り組み
岩佐: 磐田市のスライドを見るとにぎわいがある感じですが、課題感は強いものなのですか?
草地: 課題はたくさんあります。困っている所に人は手を差し伸べてくれると思っているので、困っていることをお伝えして、伸びしろがたくさんあるから皆さん協力してねというプロモーションをしていきたいです。
岩佐: 小野さんは東京生まれ東京育ちで、熊本に移られましたが、東京と何が一番違いますか?
小野: 自然環境の豊かさと人と人との距離が適切に保たれているところです。例えば私の子どもたちは満員電車に拒否感がありますが、東京では当たり前になっています。熊本は地下水都市で、100万人が阿蘇の伏流水を汲み上げて飲み水にするなど水がおいしい街です。子どもたちが通っていた保育園の近くには透明度が高く泳げる川があり、そういう自然の中で育つ環境が違います。
岩佐:ポジティブサイドはいろいろあると思いますが、ネガティブサイドがあるとすれば?
ネガティブな面では教育水準の問題があります。基礎学力や平均点で言えば東京の方が高いかもしれませんが、学力や学歴だけで測れるものではないと思います。また地方は周りの目を気にする風潮があります。コロナのときも東京から熊本に帰る人に「帰ってくるな」という空気があり、息苦しさはありました。
岩佐: 草地さんは高専を出られた後にJR東海に入り東京で3年間過ごされて、その後磐田に戻られたとのことですが、東京に出てみてからの磐田についてどう感じましたか?
草地: 東京で過ごす前、15 歳で愛知県の高専で寮生活をしていたので、そのときに地元の良さやアイデンティティは一旦外に出た方が培われると感じました。その後東京で、より多くの地方出身者と出会い「静岡県磐田市はサッカーのまちだね」と言われても、自分のまちの良さや取り組みが自分の言葉で出てこなかったことが地元に戻るきっかけでした。
最初は大層なものではなく、漠然と「地元を自慢できるまちにしたい」という思いでした。我が家の家業は電器屋で 3 代目です。まちの電器屋さんはお客さんの家の状況や家族構成までわかる関係があり、暮らしの困りごとを様々な商売につなげていたと思います。しかし、父のそばについて回るなかでそうした暮らしを支える基盤が徐々になくなってきていることに気づきました。地域を支えるのは行政や自治体、政治だと思うようになり、まちの誇りと人の暮らしをより豊かにしたいという 2 つの観点から政治の世界に飛び込みました。
地域振興と国の政策
小野: 自治体の課題として、産業政策が重要です。磐田市にはヤマハ発動機や河合楽器などの企業があり、熊本にはTSMCやSONY、三菱電機、ホンダなどがあります。私がコンサルティング会社出身ということもあり、アクセンチュアのBPOセンターなどホワイトカラーの業務を処理するセンターの誘致にも力を入れました。働く場所は必ず必要で、それがないから若者が出ていくというアンケート結果もあります。
TSMCの進出は大きすぎるインパクトがあり、人手不足や地価高騰といった副作用も生じています。物事には両面があるので、バランスを取ることが必要です。いずれにしても働ける場所を作ることは自治体経営では一番大切なことだと思います。
岩佐: 誘致型産業と地元発祥の産業では違いがあると思います。例えばカルロス・ゴーンが不採算の工場を閉鎖した時に地域が打撃を受けた事例を見ると、地元にオリジンがない誘致型は危うさを感じました。
小野: おっしゃる通りです。私が副知事を始めた頃は半導体産業が厳しい時期でした。ルネサスの工場を残すよう要望していました。その後AIや車載センサーなどで半導体需要が増え、今は工場を作っていますが、未来はわかりません。TSMCにしても工場を畳む状況も来るかもしれないので、その時に地域の人材スキルをどう他産業に移行できるかも考える必要があります。TSMCが来たからと喜んでいるだけでは足をすくわれるので、常に状況の変化を読んで次の手を打つことが大切です。
草地:磐田は昭和の時代に大手製造業が進出し、その遺産で食べていると思っています。
地域にはヤマハ発動機やホンダ、スズキ、河合楽器などがあり、恵まれた環境ですが、現在の課題は東京から人を呼び込むのに各企業が苦労していることです。
若者たちが仕事の前後の時間をどう有意義に過ごせるか、コミュニティづくりが重要だと思います。仕事の8時間は充実していても、残りの時間をどう過ごすかという環境やコミュニティが整っていないと地方への定住は進みません。面白い人たちのコミュニティができれば、各地方に可能性があると思います。
若者の多様性を大切にし、様々なチャンネルを地方で持つことが重要です。田舎はアウトドア活動が得意なので、釣り、サーフィン、トレッキングなど多様なコミュニティがあれば週末誰かに会える場所ができます。小さいコミュニティほど一人一人の役割ができるので、役割のあるコミュニティをたくさん作ることが私の次のテーマだと思っています。
岩佐:たしかにコミュニティとても重要ですね。自発的に出てくることが理想だと思うのですが、その空気感はどうやって醸成されるのでしょうか?
草地:コミュニティが自発的に生まれるには、面白い人が出てきたときに応援することが大事だと思っています。「とりあえずやってみる」という環境を後押しし、様々な提案に乗ることで自信を持って活動できる空気感をつくっていくことが重要です。
若者が「やっていいのかな」と思わせないよう「いいよ、いいよ」という雰囲気をつくることが大切。
例えば、市内の高校生自らが企画する「学び」を応援するための「高校生ラボ」という制度の一環で、1 校当たり 50 万円を補助し、支援しています。すると高校生から「50 万円じゃ足りない」という話題が出たので、生徒会連合を作ることを提案しました。結果、合同開催でイモトアヤコさんの講演会が実現しました。
国と地方の関係
岩佐: 小野さんは国政に近いところで見られていましたが、地域が元気なことと国の力はどう関係していますか?国の地域に対する政策はどのようなものでしょうか?
小野: 石破茂総理が初代地方創生大臣の時、「国はお金を出すから地域で工夫して自分たちの頭で考えてやりなさい」と言いました。頑張るところは応援するという方針でしたが、結果として点としての取り組みに終わってしまいました。地域が良くなるためには産業政策とコミュニティの両方が必要です。二拠点居住を促進する例では、徳島県のデュアルスクールがあります。子どもと一緒に移動したい親のニーズに応えていますが、他の地域ではまだ実現していません。国全体の施策として本気で取り組む必要があるのに、制度的な手当てができていません。自治体は頑張っていますが、国の努力が足りていないと思います。
霞が関にいると地域の実情が見えなくなります。例えば熊本では水俣病問題で環境省の職員が患者団体との意見交換中にマイクを切るなどの対応がありました。これは霞が関にいる人間だからできることで、地元にいる人間なら患者の顔がわかるのでそういう対応はできないと思います。霞ヶ関の人たちも二拠点居住すれば、自治体の方々が求めるような政策が国全体としてできるのではないでしょうか。
岩佐:地方の豊かさと国の豊かさの関係に関して小野さんはどうみていますか?
小野:地方の豊かさという観点では、教育無償化政策にも疑問があります。大阪や東京の視点で作られた政策が地方に適用されると、逆効果になることがあります。例えば熊本では私立高校が無償化されると地方の子どもたちが熊本市内の私学に通うようになり、地方の高校が存続の危機に陥ります。島根県の海士町では「高校が消えることは島が消えること」という危機感から高校存続に取り組んでいます。大都市の視点で作られた政策を全国に当てはめると、地方では全く良い政策にならないケースがあります。政策を作る際は全ての地域でハッピーな結果になるか想像力を働かせる必要がありますが、その想像力がない人が政策決定していることが問題です。
草地: 日本の政治家の95%くらいは地方出身者だと思います。その人たちを選んでいる地方の有権者が盛り上がっていないと政治家の質が悪くなります。地方の声が届かなくなり日本全体の盛り上がりに欠けてしまいます。地方で政治をやっている以上、有権者のリテラシーも含めて民主主義として底上げしていく必要があると考えています。
地域との関わり方
岩佐: 都会の人たちが地方に入っていくためのアドバイスをお願いします。
小野: 熊本で溶け込むには「とにかく飲め」と恩師に言われました。理屈だけでは人間関係は築けません。そのために祭りなどの機会があります。例えば横島いちごマラソンという給水所でいちごが食べ放題になるイベントなどがあります。ただし、そこから先のもう一工夫が必要です。せっかく来てくれた人たちとの交流を図れる仕組みが必要で、お酒を飲む機会や祭りなど、つながりを持つための工夫が大切です。入りにくいのは都会側の問題だけでなく、受け入れる側ももっと工夫が必要です。
草地: 磐田市はジュビロ磐田や静岡ブルーレヴズというコンテンツがあります。みなさんも好きなものや場所があるでしょうから、そこにアクセスする方法はいくらでもあります。メールを送るのもよいですし、企業の求人に応募したり副業で働いたりする方法もあります。磐田市ではジュビロ磐田のファンを対象にした移住定住ツアーも実施しています。首都圏にもジュビロファンが多いので、そうしたサポーターへのアプローチを行っています。すでに関係している人口に定住してもらったり、ファンになってもらう仕掛けを自治体はもっとできると思います。行きたいと思っている方も、アクセスできるチャンネルはいくらでもあると思います。勇気を持って自分でアプローチしてみてください。
これからの課題と挑戦
小野: 「迷ったら出る!可能性は無限大!」気になる地域に行ってみることが大切です。思い切って行動すると何かが起こります。受け入れ側はそういう行動を誘発する仕掛けを作っていくべきです。私のこれからの目標は日本を元気にすることと、政府に対する国民の信頼を高めることです。エストニアやフィンランドでは政府に対する信頼度が非常に高いですが、日本では低い状況です。政府への信頼が高まれば良い政策が生まれ、住民も参加して良い社会を作れると思います。

草地: 「ローカルウェルビーイング」というキーワードを挙げます。地方は所得が下がるかもしれませんが、幸せのネタがたくさんあります。その幸せに気づかせる仕掛けが必要で、お金以外の指標で価値判断できる仕組みを作っていかなければなりません。磐田市でも住民が何を幸せと感じるかを評価する取り組みをしています。地方で暮らす豊かさとは何かを問い続け、その旗手として走り続けたいと思います。

本セッションの動画はこちら
本記事は、2025年3月7日に取材された内容をもとに構成されています。発言内容や情報は、取材当時の情報に基づいています。
