愛情タンクをいっぱいに。セカンドママ、その優しさのかたち

秋の空気が澄んだ11月の午後。

延命公園の木々が、やわらかな日差しを受けて輝いている。

大牟田市が誇るこの緑地で、齊木聖子さんを待つ。肌寒くなってきた空気が、背筋を伸ばしてくれるような心地よさだ。

「自己紹介って難しいんですよ。肩書きがいっぱいありすぎて」

そう笑いながら話し始めた齊木さんは、生まれも育ちも大牟田市。

この延命公園で「プレーパーク大牟田遊ばせ隊」を運営して13年になる。他にも夜間託児所の運営、保育士としての勤務、PTAの副会長、移住定住サポート会議への参加など、多岐にわたる活動を展開している。

「25歳の時から15年間、夜間託児所をやっていて。自称セカンドママとして、夜働いているお母さんたちの子どもたちをずっと預かってきました。託児所が10年くらいの時に、夫と出会って、出産もしてファーストママにもなったんです」

その経験が、新たな気づきをもたらした。

「ファーストママと預かっている子の子ども間のギャップというか。なんでこの子はこんなに泣いてるのにお母さんに抱っこしてもらえないんだろうって。その葛藤がすごくあって、苦しくなってしまって」

娘が3歳の時に一旦託児所を休止。市内の保育所に勤務しながら、ボランティア活動を続けた。そこから活動の幅は徐々に広がり、今では移住定住のサポートから PTAの副会長まで、さまざまな役割を担っている。

「PTAの副会長をやってて、次期会長になろうかなって思ってるんです。子育てに関することに、ずっと携わってますね」

託児所を始めたきっかけを聞くと、齊木さんの表情が少し変わる。

「22歳から24歳まで福岡に通って営業の仕事をしてたんです。かなりの過酷な環境で…。3回くらい一人で会社に泊まったこともあって、最終電車に乗るのが当たり前みたいな。病んでしまって」

その後、書店で偶然手に取った本との出会いが、人生の転機となった。託児所開業の資格について書かれていたその本が、新しい道を示してくれた。

実習先として夜間託児所と出会い、その後クラブのスタッフとして8ヶ月働いた経験も。そこでの縁が、思わぬ形で実を結ぶ。

「正月に突然電話がかかってきて。今でも忘れもしない、1月3日でした。お金もなかったから断ろうかって思ったんです。でも父なり、いろんな人が『聖子ちゃんならやれるよ』って。今となっては無責任だったかもしれない(笑)。でも、その言葉で本当に背中を押してもらえました」

25歳。何も知らない若さゆえの勇気があった。

「子どもたちとガチンコで喧嘩もしましたし(笑)。保育って何だろうって、手探り状態でした。でも、うちに来る子どもたちはみんなかわいいんです」

齊木さんの声が温かくなる。

「創造性だったり、優しさだったり。自分が痛みを持ってるからこそ、小さい子に対してすごくお世話をしてくれる。大家族のように、お兄ちゃんお姉ちゃんが小さい子の面倒を見て、小さい子は大きい子の真似をして。それが当たり前になっていくんです」

愛情は、タンクのようなもの。お母さんからいっぱいもらえるのが一番いいけれど、周りの誰かが、その子の愛情タンクを満たしてあげられれば。

「見守られてる、愛されてるって気持ちが、その子の中にずっと溜まっていけば。少し曲がってしまうところがあっても、必ず戻ってこられる。それが私の持論なんです」

その想いの原点には、齊木さん自身の経験がある。4歳の誕生日に母を亡くした。でも、父が母との思い出をたくさん話してくれた。

「私は絶対的に愛されているって、根底で感じていました。父が、つらかっただろうに、お母さんとの思い出をいっぱい話してくれて。それが今の自己肯定感につながっていると思うんです」

印象的なエピソードもある。

「小学校1年生くらいの時かな。私が『自分のことが好き』って言ったら、父がめちゃくちゃ喜んで褒めてくれたんです。『自分が好きって言えるってすごいぞ』って。それが本当に原体験になってるんです」

今、齊木さんは大牟田の街で、温かな人の輪を広げ続けている。里親としても活動し、子どもたちの見守り役として奔走する日々だ。

「大牟田には子どもの居場所が20カ所以上あるんです。子育てがしやすいまちなのに、みんな知らない。もったいないですよね。外に出て、人とつながれば、こんなにあったかい人たちがいるのに」

大牟田の魅力を尋ねると、

「みんな祭りが好きなんです。特に大蛇山まつり。7月に終わると『大牟田の夏が終わった』って言うんですよ。まだこれから夏なのに(笑)。その熱さと、普段の優しさをちゃんと持ってる人たちが多い。そういう人たちと出会えれば、すごく豊かに過ごせるまちだと思います」

最後に、夢を聞いてみた。

「80歳までセカンドママをやりたいです。白髪が全部になったら紫色とか入れて、ちょっとファンキーで可愛いおばあちゃんになりたい。そんな感じですね」

笑顔で語る齊木さん。一緒に過ごした時間が楽しかったと、子どもたちの記憶に残ればいい。その想いを胸に、今日も大牟田のまちで、たくさんの愛情を届け続けている。

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