新大牟田駅から車で10分ほど、県道10号の道路沿いにひっそりと佇む八百屋がある。
店内に入ると、色とりどりの野菜たちが、陽を浴びて輝いている。

そんな野菜たちに囲まれて八百屋 実(みのる)を営むのは、春木幸男(はるき ゆきお)さん。
店内には、農薬・化学肥料不使用の野菜が中心に並び、一部減農薬の野菜や地域の家庭菜園の方から預かった野菜も扱っている。
少し緊張している様子だったが、話し始めるとすぐにいつもの笑顔が戻ってきた。

「この場所にお店ができたのが去年の9月なので、今7ヶ月目に入ったところですね。」
そんな春木さんの“八百屋人生”が始まったのは、2019年1月のことだった。
今のお店を構える前は、もっていた屋根のある拠点を中心にしながら、軽トラで野菜を売ってまわっていた。

「農家さんたちって、生き方が全然違うんですね。私は、やりたいこともなく、ただお金のために会社に行って、仕事をして、時間を潰してたんですけど。農家さんや、山仕事をされている方たちは、『自分はこれをするんだ』という覚悟をもって、その道を選んでそこにいらっしゃった。その上で、楽しみながら『こうやったらもっとうまくいくんじゃないか』って、やり方をアップデートしていくんですよ。」
「その農家さんたちがね、キラキラ輝いてて、かっこよかったんですよ。『この人たちの近くで生きていきたい』って思ったんです。」
春木さんの落ち着いた話し方から、その当時の強い想いを感じる。
もともと野菜に興味があったわけじゃない。
それでも農家さんの生き方に心を奪われていた。
そうして、農家さんたちの近くで生きていく方法を模索しているとき、ある地域の悩みを聞く機会に遭遇した。
「その農家でとれた作物を地元の人が買える場所がないっていう話を聞いて。それだったらできるかもしれないって、軽い気持ちで考えて始めちゃいました(笑)」
こうして始まった八百屋の道。
「何の計画性もないまま始めて、そしたらやっぱり大変で。大根1本売って、出る利益って20円とか30円の世界ですよ。毎月食べていくためには、やっぱり結構な膨大な量を売る必要があるっていう厳しさはありますよね。」
それでも、春木さんは八百屋を続けてきた。
それは強く惹かれ、「この人たちと生きていきたい」という想いから始まった八百屋が、手放せないくらい大事なものになっていたから。

春木さんは、今の自分を、会社員だった頃とは「別人」だと語る。
「いまは、ちゃんと決定権が自分にある。会社員時代、やりたくないことを我慢してやってたので、やりたいこともやりたくないことも分からないような麻痺してる状態だったんです。いまは、やりたいことをちゃんと表現できてるって思えてます。」
八百屋 実という店舗も、その表現のひとつだろう。
「私がどう感じて、どういいものだと思っているのかをちゃんと伝えて、それが100人に一人しか伝わらなくても、その人に伝わったら何かが広がっていく。私が大事だなって思うものを言葉にして伝えていくことが大事だと思ってます。」
そんな、春木さんの夢を聞いた。
「一人ひとりが、やりたいことをして、輝いている社会。私もその輝いているひとりとして、いろいろやっていきますし。そんな社会が成り立ったらいいなと思っています。」
その夢の背景には、自身が歩んだ人生での大きな気づきがある。
「自分が何を好きで何を楽しいと感じるのか。そんな当たり前のことを、以前の私は社会の波にのまれて、忘れて生きていたんです。『自分が何に惹かれてこれをしているのか』が理解できるようになって、そうして自分の内側と繋がって、人生が楽しくなってきました。」
「そのために、自分と向き合う内観する時間を大切にしていて。誰もが自分自身と繋がれたら、好きなことができて、楽しい世の中になるんじゃないかなって思ってます。」
会社員を辞めて、たまたま出会った農家さん。
はじめはそこで感じた輝きに、「なぜ憧れてるのか」わからなかった。
「内観する時間をもって農家さんたちの輝きの理由がわかって。私は私で輝けばいいんだって思うようになりました。」
八百屋 実 にならぶ野菜たちは、単なる食材ではない。
そこには、育てる農家さんの想いと、届ける春木さんの想いが宿っている。
その想いたちは、八百屋 実を訪れたお客さんに届き、その食卓を通して家族へ届く。
ただ、その想いははじめからあったわけではない。
『なぜか惹かれてしまう』そんな想いの種と向き合い、そこで育まれた『これをやるんだ』という意志と覚悟。
きっと、そこから今の姿が生まれてきたのだろう。

