違和感が、地域を変える。人生を耕す―“半農・半X(エックス)”という挑戦
雪深い新潟県三条市下田(しただ)地域。手つかずの自然が広がるこの地で、10年前から一つの挑戦が始まりました。
「人づくりをしないと、地域は残れない」
そう語るのは、NPO法人ソーシャルファームさんじょう代表の柴山さん。
2014年にその想いを市長にプレゼンし、翌年にはNPOを設立。
農業をベースに、多様な人材が集まることで地域に新たな息吹を吹き込む取り組みを続けてきました。
現在、約20名の地域おこし協力隊員が活動するソーシャルファームさんじょうでは、今回、新たな仲間を募集しています。

「下田地域は、自然が豊かで温かい方ばかりです。でも、このまま放っておけば、いずれは獣たちだけの土地になってしまう。人が暮らし、住み続けられる場所にするには、多様な人材を呼び込むことが必要だと考えました」
柴山さんがNPOを立ち上げるきっかけとなったのは、アメリカ・デトロイトの再生事例でした。自動車産業が衰退したデトロイトは、多様な人材が集まることで新たな事業が生まれ、まちは再び活気を取り戻したのです。
「新しい人が集まり、人づくりによって新しい事業が始まり、それによって地域にお金が回っていく。そんな仮説を立てました」
この10年間でソーシャルファームさんじょうは、棚田の再生や、地域資源を生かした芋焼酎の開発、バスケットボールチームの設立など、さまざまな取り組みを実施してきました。

元地域おこし協力隊員で、現在はソーシャルファームさんじょうの職員として働く山口さんにも話を伺いました。
「新潟市に住んでいた頃、マンション暮らしでご近所づきあいがほとんどありませんでした。でも下田では、ご近所同士の横のつながりがすごく強いんです。何かあればすぐに助け合う関係があって。そんな人と人とのつながりに魅力を感じ、田舎暮らしを体験してみたいという思ったことが、協力隊に応募したきっかけでした」
ソーシャルファームさんじょうの協力隊の特徴は、「半農半X」という働き方。農業に携わりながら、自分のスキルや興味を生かして地域課題の解決に取り組みます。
「例えば、東京にはデザイナーがたくさんいますが、下田にはほとんどいませんでした。そんな環境で、自分のスキルを活かした活動ができることや、異なる業種の方たちと組んで何かに挑戦できるのは、自分のやりたいことを実現しやすい環境だと感じました」
コロナ禍では、売上が落ち込んで困っていた地元の仕出し屋さんと商工会が連携し、下田の逸品を詰め込んだお弁当を企画。

山口さんがパッケージデザインを担当するなど、個々の能力がスポットライトを浴びる機会も多いといいます。
「多様な人材」という言葉は、単に経歴や職種が異なるという意味だけではありません。
柴山さんは「地域の活性化には『違和感』が必要」と語ります。
「私自身、下田地域出身の人間ではなく、三条の市街地に住んでいます。下田の方たちからすれば、私も『違和感』のある存在なのだと思います。でも、その違和感を受け入れることこそが、とても大事なのではないかと思います」
昨年からは慶應義塾大学SFCの大学院生を「地域おこし研究員」として受け入れる取り組みも始まりました。
1年目は下田で活動し、2年目は西アフリカ・ガーナでの研究、3年目には再び下田へ戻ってくるというプログラムです。
今後は、ガーナからの訪問者も受け入れていく予定です。

「肌の色や文化の違いなどから、初めは少し戸惑いや『違和感』を覚えるような人たちが、今後、下田に次々と訪れることになると思います。けれども、そうした人と人との交流が始まることで、やがては経済的なつながりへと発展していくと感じています。そうした交流が子どもたちの視野を広げ、将来、下田を一度離れたとしても、またこの地に戻ってきてくれるような循環が生まれたら、とても素晴らしいことだと思っています」
現在募集しているのは、スポーツコミッションの活動に取り組んでくれる方や、農業を中心に活動していただける方です。
一方で、「自分のやりたいことが、ここで実現できるんじゃないか」という思いを持った方にも、ぜひチャレンジしてほしいと柴山さんは語ります。
「素直な人が一番いいですね。自分の意思をしっかり持っている人であれば、私の言うことを100%そのまま受け取る必要はありません。ただ、素直に人を受け入れて、素直に議論ができて、素直に行動できる人。そういう人は、きっと誰からも愛される存在になれると思います」
「原石のままの人でいいんです。自分には何もできないと思っている人でも大丈夫。光らせるのは、私たちの役目です」
山口さんは、どんな人に来てほしいと考えているのでしょうか。
「自分のスキルを持っていて、『こんなことをやってみたい』という気持ちのある方に来ていただけたらと思います。たとえば音楽が好きな方なら、『音楽を通じてどんな地域課題が解決できるだろう?』と考えてみる。自分の好きなことやスキルを地域の課題の解決に役立てたいという想いを秘めている方に、ぜひ来ていただきたいです」
実際に、「ミッション型」で自分のやりたいことを実現した協力隊員もいます。
東京から移住してきたご夫婦は、都市部で15年にわたってオーセンティックバーを経営したのちに、区切りをつけて三条へ。
地元の芋焼酎『五輪峠』に魅力を感じ、焼酎特区の認定を目指しながら焼酎造りと地域活性化のための活動を始めました。
また、イタリアンレストランで腕を磨いた渡辺シェフは、Uターンで三条に戻り、地元農家との関係を築きながら自らの畑も耕し、ジビエの材料を獲るために狩猟免許を取得。
モッツァレラチーズの製法を学ぶため北海道で修行するなど、3年間の協力隊期間をフルに活用しました。
現在は起業支援金を活用して古民家を改装し、お店を開いています。

「リスタートしたいと思っている人がいれば、下田でリスタートすればいいと思います」と柴山さんは語ります。
「これまでの人生に一度区切りをつけて、田舎に来て田舎で暮らしながら、もう一度足を前に踏み出したい。そんな人がもしいれば、都会でくすぶっている必要なんてありません。そういう方たちに、ぜひ来ていただきたいです」
山口さんが協力隊として活動していた頃には、雪下ろしがうまくできなかったときには、近所の方がやり方を教えてくれたり、朝玄関に野菜が置かれているようなこともあったそうです。
そんな人と人とのつながりを大切にしながら、自分のスキルや情熱を活かして地域に新しい風を吹き込む。
「半農半X」の生き方を、あなたも実践してみませんか?
