「本当にここのしらす美味しいんです、それをみんなに知って欲しくて」
そう語るのは、福田(ふくで)漁港近くの「おせんや食堂」で育った鈴木沙織さん。

昭和32年創業、祖母・おせんさんから続く食堂は、現在は鈴木さんの母を中心に営んでいる。
しらす料理とカツオ料理をメインに提供する食堂では、セリに出て新鮮なカツオを目利きする。
また、最近は親戚が営むカネチョウ水産でしらす加工に関わり、ときにはイベントにも出店。
福田のしらすを広める活動に力を入れている。
福田漁港のしらすとカツオに携わる人
おせんや食堂は、網元が営むお店。
福田漁港のすぐ近くという立地を活かし、新鮮なしらすが食べられる。

「福田漁港はカツオも獲れるんです。春は私もセリに行って、新鮮なカツオを見繕って出しています」
鈴木さんは、セリを「入れる方」。つまり、競り落とす側だという。
正直お話を聞いただけでは、鈴木さんがセリをしている様子の想像がつかなかった。
その一方で最近は、親戚が営む「カネチョウ水産」でしらす加工にも携わっているという。

カネチョウ水産は昭和21年創業、釜揚げしらす、しらす干し、上乾ちりめんに加工・販売をしている会社。
私たちがしらすを味わうために欠かせない、漁港と食卓をつなぐ役割を取り仕切るのが3代目の伊藤さん。

セリ、加工、食堂、しらすに関わるさまざまな側面で二人は活動している。
食堂の営業ができない→広がった選択肢
鈴木さんがマルシェイベントへの出店を始めたきっかけは、コロナ禍だった。
食堂が営業できなくなったとき、地元の飲食店に誘われてイベントに参加。伊藤さんが営むカネチョウ水産と一緒に、しらすの釜揚げ丼で出店したのが最初だった。
「食堂が営業できない状態だったことがきっかけですが、しらすを広めたいという思いもありました。ありがたいことにそこからお声がけをいただいたりしていろんな場所に行くようになりました」
今は出店だけにとどまらず、カネチョウ水産の加工場でイベントを開催する側にもなっている。
「2026年の3月14日に、マグロの解体ショーをメインにしたイベントをやります。実はこれ今回で3回目です。ありがたいことにやって欲しいって声を結構いただいて」

過去のマグロの解体ショーの様子。多くの人が集まった
マグロの解体をお願いしているのも、仕入れの市場でのつながりから。
仕入れやイベントで広がるつながりがうまれているのは、鈴木さんの人柄からくるものだと感じました。
「だいぶ阿吽(あうん)の呼吸もできていて、本当に支えられていることがたくさんあります。感謝の気持ちでいっぱいです」とカネチョウ水産の伊藤さんも語っていた。
網元の食堂と加工業、二人の協働なくしては成り立たない活動が、福田漁港のある豊浜地区を活気づけている。
仕事との向き合い方への変化
コロナ禍を通して鈴木さん自身も、仕事への考え方が変わった。
「自分の仕事と本気で向き合うようになりました。営業ができないと嫌なんだって思って。仕事ができないのが本当に悲しかったんです」
だからこそ自分で動こうと決めた。周りの同業者などを見て「みんな頑張っている」という刺激を受け、自分もそうなりたいと思うようになった。
「もともとマルシェに行ったりするのも好きだったんですけど、まさか自分が主催する立場になるとは思ってなかったですね(笑)」
福田漁港のしらすの魅力
いろいろな挑戦をする鈴木さんですが、好きな仕事は、セリ。そして、しらすに携わっていること。
鈴木さんだからこそ知る、しらすの魅力を聞いた。
「実は最近不漁続きで全然入らなくて。頭を抱えることが多いんですけど、やっぱり入ったときの嬉しさは格別です。本当に福田のしらすは美味しいんです。他とは違うと思っています」
正直、磐田市に移住をするまで私は漁港があることも、特産品だということも知らなかった。
そのことを伝えると、
「そう、それです!皆さんに福田のしらすを知っていただくこと。それが目標です」

自分らしく、充実した時間を過ごせるわたし――
磐田市が掲げる『いいわたし』というメッセージ。
そこには『わたし』が磐田市とのつながりで人生をもっと良いものに、充実させて欲しいという意味が込められている。
早朝のセリへの参加、加工場でしらすと向き合う時間。イベントでお客さんと直接言葉を交わす喜び。食堂で福田のしらすを提供する日々。
鈴木さんの姿は、地域の特産品と向き合い、それを愛し、外への発信につなげる。
しらすを通して「いいわたし」を叶えていると思いました。
「今度はぜひセリの様子も見にきてください」

しらすの建物が印象的な福田魚市場
次のしらす漁解禁は2026年3月21日。また福田漁港に、しらすの季節がやってくる。
(2026/1/20 取材)