国籍も、立場も、年齢も関係なく、
ただ「人」と「人」として向き合える時間が生まれる。

新潟県三条市。
金物の町として知られるこの土地で、
焚き火の文化を世界へ届けようとしている人物がいます。
今回紹介するのは、
株式会社スノーピーク プロモーション課の大石祐介さん。
道の駅、アフリカ、そして三条。
一見バラバラに見える経験は、
すべて「人と人をつなぐ」という一本の軸でつながっていました。
※この記事は、大石祐介さんへのインタビュー動画をもとに構成したダイジェスト記事です。記事では触れきれない内容は、こちらからご覧いただけます。
焚き火の原風景は、家族との記憶から

大石さんのキャンプの原点は、
子どもの頃、両親に連れて行ってもらった家族キャンプでした。
火を起こし、食べ物を焼き、夜は星を眺める。
その時間が、記憶の奥に静かに残っていたといいます。
「コロナ禍で、
ゆるキャン△を見て
ソロでもやってみたいと思ったのがきっかけでした」
家族との原体験があったからこそ、
一人でも焚き火に向き合えるようになった。
キャンプは、大石さんにとって
“自分を見つめ直す時間”でもありました。
「このままでいいのか」から始まった海外挑戦

大学卒業後、大石さんは観光土産品を扱う会社に就職。
道の駅で若くして店長を任され、売上も順調に伸びていきました。
一方で、忙しくも安定した日々を送るなかで、
「このまま同じ毎日を繰り返していていいのだろうか」
という違和感を抱くようになります。
「若いうちに、こんなに平和でいいのかなって」
その違和感から飛び込んだのが、
JICA青年海外協力隊。
派遣先は、東アフリカのルワンダでした。
ルワンダで学んだ、人と関係を築く力

言葉も文化も違う土地。
知り合いは一人もいない環境。
それでも大石さんは、
地域や職場の人と関係を築き、
自分の居場所をつくっていきました。
「知らない土地でも、
人とちゃんと向き合えば、
楽しく生きていける」
その感覚は、
縁もゆかりもなかった三条での暮らしにも
そのまま生きているといいます。
理念に惹かれて選んだスノーピークという場所

働き方や生き方を見つめ直す転機となったのは、スノーピーク会長・山井太さんの著書「「好きなことだけ!」を仕事にする経営」との出会いでした。
そして何より心を掴まれたのが、スノーピークの理念にある一文でした。
「地球上のすべてのものに、良い影響を与えます」
自然と共に生き、人と人をつなぐ。
これまでの経験すべてが、この理念と重なった瞬間でした。
焚火台に込められた、思想と文化

スノーピークの原点ともいえる「焚火台」
かつて、直火で自然を傷つけていたキャンプ文化に対し、「自然と共生するため」に生まれた製品です。
焚火台を囲むことで、人は自然を守りながら、深くつながることができる。この考え方は、製品づくりにとどまらず、スノーピークのさまざまな取り組みにも受け継がれています。
その一つが、大石さんが運営に携わる「Snow Peak Way」です。
「Snow Peak Way」は、スノーピークが全国各地で開催している、ユーザーと社員が焚き火を囲み、「人と人」「人と自然」のつながりを深めることを目的とした体験型イベントです。
これはまさにスノーピークの思想を体現する取り組みでした。
自然も都市も近い、三条の暮らし

三条は、自然が近い。
けれど、都市も遠くない。
キャンプフィールドから
20〜30分で街へ出られ、
新幹線を使えば東京へも約90分。
「地方にどっぷりも、都市との行き来も、
両立できる。それが三条」
焚き火の静けさと、都市の刺激。
その行き来こそが、
大石さんの創造力を育てています。
三条から、世界へ。焚き火の輪を広げる

焚き火を囲むと、
人は自然と心を開く。
国籍も、立場も関係なく、
人間対人間で向き合える。
「この体験を、世界に届けたい」
三条から始まった焚き火の輪は、
やがて世界へ広がろうとしています。
📹 大石さんの動画はこちらからご覧いただけます
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