「価値って人それぞれだけど、きちんと見出して必要な人に届くというのがいいなと思っている」
そう語るのは、磐田市で造園業の株式会社soto.Craftを経営する木村文哉さん。

造園業を営みながら、ひきこもりや不登校の若者の自立支援施設「耕せにっぽん静岡校」の代表を務める。全国5校目の拠点として、2026年3月にスタートしたばかり。
一見違う活動に見えるが、木村さんの中ではまちの元気のために人を元気にする活動だという。
好きだから戻った、そして気づいたこと
木村さんが造園業に就いたのは、高校卒業後のこと。地元である静岡県磐田市の磐田農業高校で造園を学び、そのまま地元の造園会社に就職。庭師として7年修行した。
「やはり時代のニーズに合わせて、デザインもしていかないといけない」
25歳で会社を辞め、東京へ。建築設計の学校に1年通い、その後大手住宅メーカーのエクステリア会社で外空間の設計や施工管理などを6年ほど勤め、磐田市に戻って起業。
「地元が好きです、幼少期から過ごしてきた友達ってこれからつくることはできないので。育った環境というのはやっぱり好きです」
しかし、一度離れたからこそ感じたこともあった。
「離れる前と戻ってきてからで、まちが変わっていないなと。活性していないというか、寂しさを感じました」
庭づくりが、まちづくりになる
「庭って家の中から見るだけじゃなくて、道路から見た外観でもある。1軒1軒やっていたら、まち並みを良くすることもできるんですよね」
自分の仕事がまち並みをつくる、そう気づいた木村さんは、まち全体が潤えば自然とまち並みも良くなると考えた。

2014年頃から、まちづくりに興味を持ち始めた。中心市街地の活性化イベントに参加したが、活動していく中で気づいたことがあった。
「いろんな人と関わっていく中で、やっぱり人だなと思って」
人が元気にならないと、いくらお店やまちが良くなっても変わらない気がしたのだという。
「恩送り」という生き方
まちづくりのために人を元気にする活動に取り組み始めた。
イベントを企画したり、全国を舞台に講演活動をしている講師を磐田市に呼んだり。
木村さん自身がさまざまな場に足を運び縁を紡ぎ、磐田市へつないできた。
「恩送りという言葉があって。僕は磐田市に恩を感じているので、この場所で次の世代に何をどういう形で残していくのかが大切だと思っている」
恩送り、庭師修行時代の親方の言葉だった。
「会社を辞めるときに親方から、『感謝してもらうことはありがたいけど、受けた恩というのは、僕に返すんじゃなくて、次の世代に送っていくものだよ』と言われて」
その言葉が、木村さんの活動の軸だった。

講演会などの活動から、自立支援の活動につながった理由を尋ねた。
「『耕せにっぽん』っていうのは結構前から知っていたんですけど、いろいろな活動をしていく中で自分の考えとマッチしていきそうだなと思って動き始めました」
耕せにっぽんの石垣校の施設を訪れたときのこと。元ひきこもりだった若者が、ガソリンスタンドで生き生きと働いている姿を見たという。
「もし地元である磐田市でそういう若者を支援して、就職して、久しぶりに会って『木村さん今頑張ってますよ』『彼女できました』『結婚しました』とか聞けたらすごい嬉しいなと思って」
自分が夢見ていた理想の形がそこにあった。あまり悩まず「やります」と決めた。
価値を見つけて、届ける
造園業と若者支援の共通点は、形のないものの価値を見つけることだという。
「庭もそうですけど、ないものをイメージしてもらって、共感してもらって初めて契約になる。ひきこもりの若者も同じで、実例を信じてもらって、預かって、良くなっていって社会に出る」
人も物も、価値は人それぞれ。
「ひきこもっている子たちって、自分に自信がなくて、自分で自分の価値に気づけていない子が多い。その価値をちゃんと見つけてあげて、高めてあげて、伝える。そうすれば例えば企業からするとすごく欲しい人材かもしれない」

施設として使っている古民家も同じだった。一般的には扱いづらい物件でも、自立支援の場所を探していた木村さんにとっては願ってもない建物だった。
価値をちゃんと見つけて、必要な人に届ける。それが木村さんのやりたいこと。
自分らしく、充実した時間を過ごせるわたし――
磐田市が掲げる『いいわたし』というメッセージ。
そこには『わたし』が磐田市とのつながりで人生をもっと良いものに、充実させてほしいという意味が込められている。
「人と関わっているときが一番自分は輝いているし、楽しい。人と関わらないで生きていくことはできないと思うので」
造園業を続けながら、まちづくり、講演会企画、そして若者支援へ。
木村さんの活動は「地元を元気にしたい」という想いから、どんどん広がっている。
多岐にわたり、いろんな人のために活動されているんですね。そう感想を伝えると、
「人のためにという想いでは、活動していないんですよ。自分が楽しくて、やっている。それが結果人のためになったらすごく嬉しいけどね」
その言葉が、木村さんの活動すべてを物語っているように思えた。自分が楽しいから続けられる。だからこそ、活動がどんどん広がっていく。

耕せにっぽんを通して磐田と出会った若者が定着し、就職し、家庭を持つ。卒業生がまた施設に遊びに来て、後輩に声をかける。木村さんが描く理想の循環が生まれる日も近いと感じた。
人が元気だと、まちが元気になる。これが木村さんのまちづくりだ。
(2026/5/12取材)